モラトリアムを抱きしめて
嫌な記憶ばかりの街。

あの街を、逃げるように抜け出したのは16の時だった。

もう10年以上も訪れていない。

頭がガンガンする。

見馴れた道路を抜け、少しずつ近づくにつれて火照った身体が冷やされていく。

タクシーのガラスにもたれるように目を綴じた。

最後に話したのはいつだっけ。

あの人の甘たるい声は嘘みたいに鮮明に、耳の奥に残っていたようで。

それと一緒に『ナイモノ』にしていた記憶が溢れだす。

じとっとした汗で額が少し湿った。


「お、お客さん。 大丈夫ですか?」

バックミラーを見ると驚いた様な顔で運転手が覗いていた。

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