【キセコン】初秋の海物語

船宿で借りたエンジンボートは海岸沿いをふらふらと、波に弄ばれながら進んでいった。

ドドドドという小刻みなエンジン音と、波の生み出す独特のうねり。
俺だって小さい頃に覚えがある。初めてさんに小舟はさぞかしきついだろうと思う。

「吐いたら少し楽になるかもしれないよ?」
多分、初めての船酔いだろう神山さんの、背中をさすりながら言う。

「…み」
「ん?」
水かな?
「見ないで…」
…プライドが勝るならまだ平気だろうな。

「磯場もう見えてるからすぐだよ。頑張って」
俺の声掛けに、神山さんは返事だか呻きだか分からない声を発した。

最初に舟の経験をきいとくべきだったな。と、今更な事を思っている間に目的の釣り場に着く。
磯場と言っても、地続きでは来れない断崖絶壁に囲まれた場所。
桟橋がある訳ではないから、揺れる船体はなお不安定だ。

両脚で舟を繋留しながら神山さんに片手を差し出した。
「大丈夫?立てる?」
神山さんはすっくと立ち上がる。
…しかし顔は土気色。
傾ぐ上体。
下は…海。
「無理するな!って!」

慌てて腕を引っ張って…


ゴッという衝撃と共に、軽くて無抵抗だった神山さんは、スッポ抜けた物体の勢いで、俺の胸に綺麗な頭突きをくらわせた。

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