聖戦物語 奇跡が紡ぐ序曲~overture~

第三楽章

 芳しい匂いと、麗らかな春の温もりのように体を暖める柔らかな感触――――は……人、肌?


 自覚した途端にばっちり覚醒した思考が冷静に物事を見極める前に瞼を押し上げ、広がった光景に完全に凍り付いた。


 目の前に広がる、どこまでも伸びやかで瑞々しい手を重ねて寝台に預ける白い手に、絹糸のような繊細な金糸の髪が幾らか絡むように巻き付いている。もぎ取られる間際の果実のように美しい紅色の唇からこぼれる吐息は健やかだが一応伸び盛りの少年には中々衝撃の強いもので、どうにも落ち着かない。


 小柄で端正な顔立ちは、まるで等身大のビスクドールを連想させる。綺麗な弧を描く長い睫毛も、すっと通った鼻梁も、一流の人形師が丹念に仕上げたもののように作り物じみたものだ。所詮紛い物の人形には再現できない神の愛し子のような神秘的な美しさとでも例えればいいのか。美醜のことに疎いわけではないが、どうも非現実すぎてついていけない。


 しかも、さらに混乱するべき事態は自分の腕である。彼女が手足を折り曲げて眠る中、何故か何故か自分の腕は彼女の頭の下にある。腰に回っている。


 まさか、まさかとは思うが昨夜もしかしたら自分は彼女に――――!


 そんな無茶苦茶なことをぐるぐると考えていたとき、小さな声を漏れた唇が微かに動いた後、ゆるゆると閉ざされた瞳が開かれた。そこに広がったのは、草原の緑を思わせる、若葉色の瞳――――。


「………んっと、え、あれ…?」


 暫し少年の顔を見つめ、昨夜のことを頭の中で思い起こした後、少女は少しだけすねたような顔をしながらも、ぽつりと小さく零した。


「………おはよう」


「………………お、おはよう」


 長い間を空けてどこかぎこちない挨拶を返した少年は起きあがり、思わず姿勢を正して少女に向き直る。


「えっと、あの、俺……いや僕? 私? とりあえず自分はなんで君と――――」


 寝てるんですか、と敬語を使って訪ねるべきか、寝てるのか説明しろ、と高圧的に命令するのか、しばらく逡巡して、少年は前者を取った。昨日あれだけ怒らせた彼女に、偉そうにするのは得策じゃない気がしたので。
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