《短編》切り取った世界
一方通行
あれから兄貴は、俺の家に帰ってこなくなった。


美緒でさえも、隣の家で同じ大学だってのに、顔を合わせることはなくて。


こんなにも会わないんだから俺は、

きっともしかしなくても美緒に避けられているのだろう。



バレンタインが近付くにつれ、浮き足立っている人々の群れに、

今は嫌悪感さえ抱いているのに。


街中がまるで、俺の大嫌いな甘い香りを漂わせる。


今日も変わりなく、大学で講義を受けて。



「浩太。
今日って、コンパ行くのか?」


『えっ、あぁ、行くけど…。』


俺の突然の言葉に浩太は、目を見開いた。



「…それって、俺も行って良い?」


『…いや、良いけど…。
お前、マジでどーしたの?急に。』


まるで頭でも打ったと言わんばかりに浩太は、戸惑うように俺を見つめた。


別に、他の女に興味なんてないけど。


それでもいつの間にか俺は、あの部屋で独りで居ることを苦痛に思うようになっていたんだ。


美緒とも兄貴とも、連絡を取り合うなんて関係じゃなかったから。


今更メールや電話なんか、出来るわけもなくて。



「…ちょっと最近、色々あってさ。
気分転換に、飲みにでも行きたくて。」


『ははっ!
まぁ、女の憂さは女で晴らせ、ってな!』


そう言って浩太は、俺の背中をバシッと叩いた。


痛みさえも感じながら俺は、苦笑いを浮かべて。


一応高校の頃から一緒の浩太は、俺のことなんて何も言わなくてもお見通しらしい。


それが今は、嬉しいような、嬉しくないような。

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