《短編》切り取った世界
『…美緒。
飯まであと何分何秒?』


『そんなに焦らないでよ!
急いで作るから、ちょっと待ってて!』



む、無視かよ!


まるで何事もなかったかのように再び続けられたままごとみたいなやりとり。


こんなこと、もぉ何度目か。


いい加減疲れ果て俺は、自分の部屋に足を進めた。


怒ってますと言わんばかりにバタンとドアを閉めることでしか出来ない、ささやかな抵抗。




こんな暮らしが当たり前になったのは、いつの頃からだっただろう。



俺の両親は、宝石なんかを販売しているちょっとしたお金持ち。


だからまぁ、大学生に似つかわしくないほどに広い部屋で一人暮らしが出来たんだけど。


何をしてても、何時に帰っても干渉されない、俺だけのオアシス。


元々両親揃って帰りは遅いし、兄貴だってあんまり帰ってこなかったから、

実質は一人暮らしみたいなもんだったんだけど。


やっぱり、心持ちは全然違う。



そんな俺だけのオアシスに、ある日突然に転がり込んできた兄貴。


物置代わりにしていた部屋を勝手に改造し、いつの間にか当たり前みたいにココに住み着いた。


自称“写真家”で、物置だった部屋は勝手に暗室にしてしまった。


だけど、普段は何をやっているのか知らないし、知りたくもない。


兄貴が写真を撮っている姿なんか見たことがないんだ。



昔から俺は、どっちかって言うとブラコンだっただろう。


だけど、今は違う。


何をしているのかすらわからないし、親父の会社を継ぐ気すら見受けられない。


俺だけに向けられる期待に胃がキリキリしそうだってのに、

まるでお構いなしな兄貴の振舞い。


出来る事なら、出て行って欲しいのに。


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