one day

2

 僕は起き上がり、眼鏡をかけて、ベッドに座った。
 相当のバカか自信家か、或いは賢者かでもない限り、あんなにうるさいドアに近づこうとはしないだろう。幸い僕はそのどれにも当てはまらなかった。と、言うか、それ以上動けなかった。日本人が眼鏡をかけてカメラを首からぶらさげ、カラテの有段者で優柔不断というのは、半分正解で半分間違いだ。もちろん、僕の場合。
 やがて音は乱暴にドアを壊しにかかった。隠れても仕方ない。もしかしたら、下水道料金の集金かも知れない。何しろもう3ヶ月くらい払っていない。つまり、僕の頭は混乱していた。
 急に音がやんでから2秒程のち、カチャと音がし、スーっとドアが開いた。僕は鍵をかけ忘れていたらしい。しかし、それはどちらでも同じ事だ。もう考えるのを止めて、煙草に手をのばした。

 煙草を一本吸い終っても、誰も部屋の中に入って来なかった。窓の外は相変わらず雨が降り続いている。窓はいつからかは覚えていないが、かなりの間開いたままだったらしく、湿気が部屋中に染み付いていた。僕はゆっくりと玄関の方を覗いた。だがそこにはやはり誰もいなかった。
 ノック&ダッシュにしてはやり過ぎだ。ドアはほぼ中心に穴が空き、壁とのつけ根の一つが取れていた。とりあえず、その半壊したドアを出来るだけ閉めてから、三度ベッドに座った。反射的にポケットに手を入れると、丸まった紙屑がでてきた。何の考えもなく反射的にそれを広げると殴り書きで
『明日は二度とこない。今日はきてしまった。昨日は無くなるのか?』
と、書いてあった。
 そんな事俺に聞かないでくれ。うんざりだ。僕は灰色の麻のジャケットを羽織り、部屋を出た。
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