ONLOOKER Ⅲ



目を向けたのは、その声一つから曲が始まる構成が、アップテンポなロックには珍しいと思ったからだ。
アカペラだからといって静かに語るように、歌声の美しさを強調するわけではなく、張り上げ、がなる女声が気を引いた。
そしてずらした視線の先でテレビ画面に移るのが、普段学校の生徒会室で見慣れたあの人だと気付いたのだ。
最近、有線放送やテレビコマーシャルで無意識に耳にすることの増えたその曲が、まさか自分のよく知る人物が歌っているものだとは、思ってもみなかった。

『今週のオリコンチャート第1位は、ロングヒット、5週連続トップ10入りのInoで……』

Ino──イノ、というのが彼女、伊王恋宵の芸名らしい。直姫はそれすらも、この間初めて知ったばかりだった──としての彼女は、一言で言えば格好良い。
耳に心地好い、それでいて刺激的で斬新で、完成度の高いメロディーに、地声とは違う低めの声で繰り出す抜群の歌唱が重なる。
技術も表現力もとても女子高生のものとは思えず、またメディアへの露出も極端に低いことからか、ちまたでは年齢詐称やゴーストライターの噂さえ飛び交うほどだそうだ。
プロモーションビデオや雑誌で見る姿に限って言えば、圧倒的に無表情が多く、変化を付けたとしても笑顔は控えめで、やけにストイックな印象を受ける。

“Ino”もしくは“伊王恋宵”に関する直姫の認識と世間の見方とで共通するのは、歌うのが好きであることだけだった。
何が楽しいのかいつもにこにこと笑みを浮かべている記憶の中の恋宵と、目の前の画面でギターを掻き鳴らすInoとは、どうしても重ならないのだ。

「恋宵先輩……喋らなければやっぱ普通なのに……」

あからさまに残念そうな含みがある直姫の物言いに、失礼だろうと突っ込みを入れる人は、今この場にはいない。


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