ボーカロイドお雪
 それから毎晩部屋で新しいギターを練習し、感覚をなじませた。お雪の歌に合わせてみると、思った以上にいい組み合わせだった。お雪の澄んだ、それでいて柔らかい声にはナイロン弦の音の方がよく似合う。
 天気予報を見て、ライブ決行はすぐ次の土曜日と決めた。

 そしてその土曜日の夕方近く、あたしは数週間ぶりにあの公園へギターと機材一式の入ったキャリーバッグを持ってやって来た。
 今日のあたしは下はジーンズ、Tシャツの上に夏用の薄い無地のカーディガンを羽織っただけの色気のない恰好。でもこれからは服装なんてどうでもいい。純粋に歌を聞いてもらうためのライブなのだから。
 でも機材をセットしていると、あたしは自分の指が細かくブルブルと震えているのに気づいた。ライブやるのは久しぶりだから、ガラにもなく緊張してあがってしまっていたようだ。
 震える手で機材を一つ一つ接続していると、不意にノートパソコンから「ピッピッ」という音がした。スクリーンを見ると、お雪がウィンドウに文章を表示していた。そこには次々とこう出て来た。
「電源オッケー。接続オッケー。アンプ、オッケー」
 はあ?いや、これは慣れているから、そんなにいちいち確認しなくても……
 と思ったら、次にこういう文章が表示された。
「佐倉かすみ、今日もパーフェクトですわっ!」
 おお!そういう事ね!よし、メチャモテ、ミラクルチェンジ大作戦、ミッションスタートですわっ!オーホッホッホッホ……
 って、いや違うだろ!何をやらせるんだ、こいつは?だいたい、あたしは自慢じゃないけど、いや本当に自慢にもならないけど、委員長どころかクラスで何かの委員さえやった事なんか一度もないわ!
 あたしはノートパソコンの画面を人差し指でピンとはじいて、メッセージウィンドウに文章を打ち込む。
『こら!こんな時に変なアニメギャグやらせんな!』
< 51 / 62 >

この作品をシェア

pagetop