私立聖ブルージョークス女学院
「ギョクロ?ほう、そういうお茶の品種があるのか?」
「と言うより、栽培法の違いですね。収穫の前の2,3週間紙で茶の木全体を覆うのです。すると日光に当たらないため、苦みの成分であるカテキンが少ない茶葉になって、甘みの方が強く出るのです」
 僕は湯のみを大きく傾け、最後の一滴まで堪能しながら言った。
「それは知らなかった。僕が普段飲んでいるお茶とは別物だな」
「そうでもありませんよ。あなた、先生に二煎出しを差し上げて」
「はい、先輩」と返事をした子が僕の湯のみにまたお茶を注いでくれる。妙に顔が真っ赤になっているような気がする。よく見ると葉月琴音を始め部員全員が、何か恥ずかしそうに顔を赤らめているように見えた。ああ、ここの顧問の先生は女性だから、男性がこの部屋に来たのはひょっとして初めてなのかな。
「ところで二煎出しとは何かな。あち!あれ、今度のはさっきより熱いな」
 葉月琴音が相変わらず顔を赤くしたまま説明してくれた。
「ギョクロは最初の一杯は60度ぐらいのお湯で煎れます。デリケートな味ですので、あまり熱いお湯だと香りや風味が飛んでしまうのです。一杯目は温めのお湯で甘みを味わい、次に熱いお湯でお茶本来の苦みを含んだ味を楽しむ。この二杯目を二煎出しと呼ぶのです」
「なるほど!ああ、確かにこの二杯目はお茶の苦みと言うか渋みが効いている。いや、すごいな。煎茶と言ってもずいぶん奥が深いものなんだな」
「後はお茶を喫する合間に、道具を鑑賞します。ここは抹茶立てと同じですね。例えばこの茶壷をご覧になって下さい。これでも伊万里焼の品だと聞いております」
 手渡された茶壷を見ると、いかにも高級そうな陶磁器だ。いや僕はお茶の葉なんてプラスチックの筒に入れるもんだとしか思った事がなかった。
 うん?茶壷の蓋に紙が貼ってある。静岡県産とかなんとか……ああ、このお茶の葉の銘柄か。へえ、ギョクロとは漢字で「玉露」と書くのか。玉の露とはなかなか風流な名前……
 そこで僕はもう一度茶道部の部員全員を見回した。何か恥ずかしそうにしていると思ったら。僕は静かに丁寧に湯のみを畳の上の茶卓に戻し、背筋を伸ばして言った。
「ああ、君たち。お茶は大変けっこうなお手前だったのだが……いいかげん、『玉』から離れなさい。それから君たちが『立てている』のは、あくまでお茶だ!」

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