インサイド
「では、姫君に捧げる音楽を。私めの拙い演奏でございますが」

と、おどけて一礼を。

「あ、ありがとうございます」

 姫の方が深いおじぎを返し、ピアノの横に移動した。

こっちの方が指の動きが良く見える。

それに顔も、……覗けるし。

「もう少したったらこれも教えてあげるから、しばらくはさっきのファイル、がんばってね」

「はいっ」

 楽譜はなくても構わないらしく、裕明はそのまま弾き始めた。

始める前の緊張なんてない。

少しも空気は変わらない。けれど最初の一音が弾かれた途端に、千帆は軽く、さらわれた。


 なんて指、なんて手だろう。それよりも、なんて音楽。


 ――夢に見るなら、こんな音。

この時が、いつまでも終わらなければいいのに、なんてそんなことを、生まれて初めて考えた。
< 15 / 109 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop