夏の日の終わりに

離れゆく距離

 入院した理子は、すぐに手術を受けることとなった。しかしその日はあいにくテストと重なり、送り出してやることは出来なかった。

 それでも昼には下校できる。僕はそのまま病院へと足を向けた。

(もう終わってんのかなあ?)

 理子の部屋の前まで来ると、恐る恐る中を覗く。と言うのも、すぐに終わったのであれば、開胸してみたものの諦めた医師がすぐに縫合してしまったということだ。

 これは絶望と言っていい。反対に切除を行っていれば治る可能性が残されていると言う事だ。

 そして覗いた先には空になったベッドがぽつんと置いてあった。

(よし、まだ終わってない!)

 急ぎ足でエレベーターを降り、手術室へと向かう。これほど大きな病院なら術中の待合室があるはずだ。

 僕は何度か病院関係者に尋ねてそこへと辿り着いた。

(ん?)

 その待合室から声が洩れてくる。それはとても術中の患者を待つという雰囲気からはかけ離れた明るい笑い声だ。

(どんな奴らだよ……)

 こちらがどれだけ重い心境かも知らず、こんな場所で騒ぐとは非常識もはなはだしい。

 憮然としたまま待合室に足を踏み入れた。

「あら、脩君」

「ええ、おばちゃん?」

 そこに居たのは10人ばかりの若い人間ばかり。そこに混じっておばちゃんが雑談に講じていたのだ。もちろん騒ぎの主はこの連中だった。

「わざわざありがとね」

「いや、早く終わったから……」

 僕はその「わざわざ」と言う言葉が頭に引っ掛かった。当然そんな仲じゃないと思っている。

「こちら理子の学校のお友達」

 おばちゃんが紹介すると、僕は軽く頭を下げる。しかしそれに答える者はほとんどいなかった。

 見渡すとおおかた元ヤンキー、いや、そのまま現役の人間も多い。普通の娘もいるが、どうも僕を歓迎する空気じゃないらしい。

 そんな雰囲気はもちろん僕からも発せられているだろうが、それを隠して笑えるほど僕は大人じゃない。

 何よりも理子が頑張っている時に、これほど談笑している連中の気が知れなかった。
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