夏の日の終わりに

リス

 手術まで約4週間の日数を要した。内出血が酷く大量の輸血をした上、発熱が収まらなかったのだ。

 従っていよいよ手術の日となっても、恐怖心よりやっと治療に取り掛かれる安堵感のほうが大きかった。

 朝から父親と母親、そして2歳年上の兄がベッドを囲み、次々を励ましの言葉をかけてくる。

「頑張れよ!」

 手術は初めての事じゃない。この後、自分の置かれる状況も理解できていた。

(頑張るって……俺、寝てるだけなんだけど)

 僕が一番冷静なのかもしれないが、不安を押し殺す強さを持っているわけじゃない。ただ、経験と認識が足りないから先の想像が出来ないだけだ。

 看護師達が4人で僕を囲むと、掛け声とともにシーツごとストレッチャーへ乗せ替える。久しぶりに動かされる足が、一瞬悲鳴を上げた。

 病室を出て行く僕を心配そうに見守る母親に

「心配しなくていいから」

 そう一言、告げた。


 廊下の天井が流れていく。時折方向を変えながらエレベーターに乗り、やがて無機質で薬品の匂いが充満する部屋にたどり着いた。

 冷たい感触とともに体中に消毒液を塗られると、次々と薬品を送り込むチューブが突きたてられる。まるで機械の体にプラグを差し込んでゆくようだ。

 今の状況を上から見たイメージを思い浮かべると、今まで感じたことのない不安が頭をよぎる。

(絶対治る!)

 その不安を吹き飛ばすように、僕は心を奮い立たせていた。

 やがて入室してきた医師らが僕を取り囲むと、術式の確認だろうか? 理解できない言葉を交えながら説明を始める。その言葉を発していたのはキャップとマスク越しにもわかる不細工な顔をしている林医師だった。

 その林医師が顔を近づけてきて頷いた。

「それじゃあ始めます」

 それに答えるように小さく顎を動かした僕を確認すると、頭上にぶら下がる蜂の巣のようなライトが、開始の合図を知らせるかのように点灯した。

 一生を、運命を、林医師に託すという覚悟は、このとき決まった。

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