夏の日の終わりに
「ぷー、違うもん。高校一年生だもん」

 そう言うと、ぷうっと頬を膨らませて見せた。


──トクン


 その表情にまたしても胸が軽い痛みを訴える。


 一瞬言葉が出てこない。何を言おうかとする僕の思考は看護師の声によってかき消された。

「理子ちゃん、もうすぐ検査でしょ」

「そうだった。はーい」

 振り返って返事をすると、今まで見せていた表情が少し曇る。そして向き直ると、苦い笑いを残したまま同意を求めるように言った。

「検査ばっかりで嫌になるね」

 諦めたようにつぶやくと、またすぐに表情を切り替える。そして明るく言った。

「またね!」

 車椅子をバックさせると、ひょいと前輪を持ち上げる。そのまま360度クルクルと回って見せたあと、やはり前輪を持ち上げたまま廊下へ出ていった。

(とんでもない技だな……)

 そんな理子の行動は、彼女が垣間見せた曇った表情を忘れさせる。

 しばらく経ってから理子の言葉を反芻してみた。

(検査ばっかり……)

 術後はレントゲンを撮るくらいで検査などした記憶は出てこない。特に気にとめることもなく、それは頭の中から消えていった。
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