夏の日の終わりに
出会い編

理子

「理子」

 屈託のない笑顔を見せながらその娘はそう言った。

「理子? 真理子じゃなくて?」

「そう『真』抜けな理子」

 リスのような前歯を見せて笑ってみせる。おそらく自己紹介をする時にいつも僕のように尋ねられるのだろう。返事も言い慣れた感じだ。

 同室の入院患者に釘尾さんという頭をリーゼントにした兄さんがいる。その釘尾さんに会いに来たようだが、居ないのを確認すると出て行こうとする車椅子を止めて、スルスルと僕のベッドへとやってきた。

 そして開口一番、自分の名前を告げたのだ。

 曇りのない目だ。僕は自分で自分のことを汚れた存在だと思っている。その僕に純粋なまなざしは眩しすぎる。

 僕は心がたじろぐのを感じていた。

「名前なんていうの?」

「え、俺の名前?」

 今度は彼女からの質問だ。

(名札があるから分かるだろうに……)

 とは思いながらも、若い女の子と話す気分は悪くない。ただし、浮かれているように思われるのは恥ずかしいので、僕はちょっとぶっきらぼうに答えた。

「脩」

「いくつ?」

 質問に間がない。彼女は身を乗り出すようにしてずけずけと聞いてくる。

「十六」

「あたしより一コ上だね」

「え、一コ下って……高校生?」

 大きくうんうんと頷く彼女に、僕は思ったとおりのことを口にした。

「中学生かと思ってた」

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