夏の日の終わりに
 ひと悶着あった帰りの説明が済むと、それぞれ散り散りに家路につく。

 まばらになった駅前にはオロオロする祖父の姿が取り残されていた。

「あんたは脩を知らんか?」

「あんた、脩を見らんかったか?」

 生徒や父兄を捕まえては僕の所在を尋ねて回る祖父。

 僕は当然無視を決め込んで歩を進めている。しかし、チラリと振り返った先の祖父がせわしなくメガネをずらしては僕を探す姿は、あまりにも哀れに見えた。

「仕方ねえなあ」

 止めた足を逆方向に向けると、足早に引き返す。そして白い杖に預けた祖父の襟首をむんずと掴んだ。

「じいちゃん、帰るぜ」

 僕の声に破顔した祖父の顔。

 こうなっては開き直るしかないと、その手を引いて家路を急いだ。



 高校に上がってはこんな事件もある。

 その日は僕と祖父の二人しか家にいなかった。そこに乗り込んできたのは警察だ。窃盗事件が発覚して僕のもとに来たものだった。

 容疑を認めた僕は素直にパトカーへと乗り込もうとした。しかしそれを阻止したのは祖父だ。連行しようとした警察官にすがりついたのだ。

「何かの間違いじゃろ? 脩を連れていかんでくれ!」

 警察の説得には耳を貸さない祖父。なだめるのには僕でも時間がかかった。そのおかげでご近所さんに集まる暇を与えてしまい、僕は衆目の中連行されるというまたしても大きな恥をかいてしまった。

 まあ、クソジジイではあっても僕には大甘な祖父だったのだ。



「俺が居なくて寂しかったろ?」

 いつもの祖父であれば「なに言うか」くらいの悪態はつくのだが、この日に限っては少ししんみりした笑顔を作っただけだった。

 分厚いレンズの奥の目がちょっとだけ赤く見える。

(なんだかさ……)

 あの事故以来、僕の周りの人々が変わってゆく。妙に優しくなった父親。つとめて明るい兄。涙もろくなった母親。そして元気がなくなった祖父……

(色々ごめんな)

 口には出さずに、僕は心の中でみんなにあやまった。
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