夏の日の終わりに
 その林医師の言葉がなんだか凄く重いものに思えて、僕の顔から笑顔が消えた。

「退院おめでとう。拾った命を無駄にしないようにね」

「はい……本当にありがとうございました」

「うん、じゃあ」

 ひっきりなしに続く外来患者をいつまでも放ったらかしには出来ない。林医師と僕の会話は予想外に短いものだった。それでも林医師が言った言葉は、後々までずっと頭から離れることはなかった。

(拾った命か……たしかにそうかもな)

 診察室を後にするとまた病室に戻る。看護師らと次々に挨拶を交わす中、松阪さんとは結局目も合わさないままだった。こんなことなら最初から何もなかったほうがどんなに気が楽だっただろうか?

 息子が家に帰って来ることに喜びを隠さない両親が、僕を急かしてエレベーターのボタンを押す。両親が一緒にいることで気後れしているのだろうか、理子の姿はなかった。

(まあ、どうせ毎日会いに来るんだし、別にいいか)

 軽やかなベルがエレベーターの到着を知らせる。僕は重い荷物を抱えた両親を先に乗せてドアを潜る。そして「閉」ボタンに指を伸ばしたその時──

「待って!」

 言うまでもない。エレベーターホールに飛び込んできた車椅子は理子だった。

 僕は照れながら

「遅いよ」

 と言うと、伸ばした指で開ボタンを押した。
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