夏の日の終わりに

決断

 その日は梅雨時だと言うのに、青い空が広がっていた。病室に差し込む強い光が、もうすぐ夏が訪れることを告げているようだ。

「そんな顔すんなよ。どうせ毎日リハビリに通わなきゃいけないんだし、毎日会えるのは変わりないだろ」

「うん」

「なあ、元気だして」

「うん」

 さっきから同じやりとりが繰り返されている。しかしその努力もむなしく、理子の目からはいつこぼれてもおかしくない涙が震えていた。

(まいったな……)

 退院するまでに挨拶しておきたい人がいる。理子の気持ちは重々分かるのだが、もう時間が差し迫っているのだ。

 そう。僕は間もなく退院する。

 僕らのやりとりを同室の住人らがハラハラしながら見守っている。下手な恋愛ドラマのワンシーンのようでそれも恥ずかしくて仕方ない。

 そんな時、病室に父親と母親が顔を見せた。

「あ、親が来た。ちょっとごめんな」

 そう断って理子を外に促すと、荷物の整理を両親に頼む。そして「ちょっと挨拶してくる」と言って中央病棟に足を向けた。

 雑多な外来患者でごった返す中央病棟一階。

 そこで僕はある人物を探す。さんざん聞きまわったあげく、僕は診察室の前で少し待っていた。

 ドアが開くと懐かしく思える顔がそこにあった。

「今日退院?」

 そう言った林医師は、少し感慨深げに僕を上から下まで見渡す。

「先生のおかげです」

「いやあ、僕は正直ここまでになるとは思ってなかったからね。君の努力と……」

 もう一度視線を落として僕の膝を眺めた。

「運……いや、奇跡と言ったほうがいいかな」

「奇跡って言うほどのものですか?」

 林医師はついとメガネを直すと、僕の目を見てこう言った。

「怪我だけじゃないよ。むしろあの時点で生きていた事のほうが奇跡だろう」

「そんなに……」

「酷かったんだ。普通の状態じゃなかった」
< 62 / 156 >

この作品をシェア

pagetop