夏の日の終わりに
 あまりにも長い時間ひとつの棚の前をうろついていたせいか、店員も不審げな目つきを隠さない。

(よし、買う)

 ついに天使軍は全滅したようだった。

 その棚の一角にある生理用品の中に、いわゆる避妊具が置いてある。その中からひとつ抜き取れば良いだけだ。

 覚悟を決めたつもりの足が、そこに近づくだけで震えをきたす。他の客に知られないよう注意が必要だ。唾を飲み込むと、視線を向けないように注意しながら通りすぎざまに手を伸ばした。

 しかし松葉杖から離れることを躊躇した手は目標を違え、大きく誤爆した手のひらがケースごと陳列した商品を撒き散らしてしまった。

(──神よ!)

 散らばった色とりどりの小さな箱。僕は店内の客の注目を集めながら、そこからひとつ、抜き取ってカゴへと入れた。



 赤っ恥を引きずりながら着いた理子の家では、おばちゃんが車に乗り込んで出て行くところだった。

「あー、脩君ありがと。助かるわあ」

「いや、そんなこと」

 見送りに出てきている理子が、おばちゃんに何度も「いってらっしゃい」と声を掛ける。あからさまに急かしているのが見え見えで、僕は苦笑しながら見送った。


 久しぶりに訪れた二人きりの時間。広い家の中に響いてくる蝉の声が、静けさをいっそう際立たせる。

 会話の中に少し間がある。それは僕の心の動揺を表したものかもしれない。その動揺のわけは、やはり少しエッチなものだった。

(まずキスか?)
(抱きしめるんじゃねえの?)
(いきなり行く?)

 勝利した悪魔軍団が暴走を始めた思考は、しかしあっさりと肩透かしを食らった。

「ね、ゲームしよっか」

 普段とまったく変わらない口調で理子はそう言うと、そそくさとテレビの前に座ってゲーム機の電源を入れた。

「あ、うん」

(だよな……)

 敗北した天使たちが、草葉の陰で笑い声を上げた。


 最近買ったそのゲームは、僕の邪な思いを吹き飛ばす面白さだった。夢中で遊んでいた僕らは、いつの間にか日がどっぷりと暮れているのにも気づかなかった。
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