夏の日の終わりに

繋ぐ糸の先

 何度か話に出てきている『赤い注射』。理子は何日かに一度、この注射を打っている。

 この注射を打つとその後の体調が優れず、面会をすることが出来ない。そのため、何日か前から注射を打つ日を教えられていた。

 祖父の様子を見に行ったあと、その足でいつものように理子の部屋へと足を運ぶ。

 足を踏み入れていつものベッドへ目を向けると、そこはカーテンで仕切られたままになっていた。ここで僕はそのことを思い出した。

(そっか、今日って言ってたよな)

 一声くらいは掛けたかったが、それに答えることにすら疲れるのだと理子は言っていた。

 仕方なく諦めて帰ろうとしたその時、カーテンの奥からとても理子のものとは思えない獣のような声が聞こえてきた。いや、それは紛れもなく激しく嘔吐する音だ。

 いったん収まりを見せるかと思われたが、切れ切れの息の合間にまた嘔吐した。喘ぐ声が尋常じゃない。どう見ても容態の急変としか受け取れなかった。

「理子、開けるぞ!」

「え、脩君?……ちょっと……待って」

 喘ぎながらベッドを片付けているのだろうか、カーテンが開けられるまでやや間があった。

「大丈夫か?」

 声をかけ、カーテンの中に滑り込んだ僕の目の前には、今まで見せたことのない理子の苦しむ姿があった。涙を浮かべ、胃液しかでない嘔吐にのた打ち回っている。

 見ているだけで胸が張り裂けそうな苦しげな姿に、僕の体は一瞬凍りついたように立ち尽くしてしまった。

「ごめんね、せっかく来てくれたのに」

 理子が必死で口にしたその言葉で僕は我に返る。そして慌ててナースコールに手を伸ばした。

「あ、違うの」

 その手を理子の弱々しい手が掴む。

「いつも、こうなの……注射……打った後」

 その言葉を聞いた瞬間血の気が引き、その意味を理解して衝撃が走った。

(いつも……こんな事をやってたのか?)
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