冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 ハルコだ。

 玄関のところで、こっちを見て微笑んでいる。

 メイは、またうつむいてしまった。

 彼女は、何も知らないから,ああいう微笑みを浮かべられるのだ。

 昨夜、メイが働いていたところを知ったら。

 ジク。

 身体の中に、膿があるように思えた。

 それを知っているのは、カイトだ。

 目の前の背中。

 彼は、自分がどういうところで働いていたか知っている。

 そういう女だと思われたっておかしくない。

 誰かに言ってしまうかもしれない。

 ハルコが何か言ったが、カイトは足を止めなかった。

 前よりも、更に力が手首にかかる。

 もっと早くなる足取り。

 背中が――彼の背中がぼやけそうになった。

 輪郭がにじんで幾重にも見える。

 やだ。

 自分の胸を掠める不安の全部がイヤだった。

 カイトが、その不安な綱の上を歩くんじゃないかと思うと、胸が苦しかった。

 そんなの…いや。

 メイがぐっと奥歯を噛んだ時。

 バンっ、と目の前のドアが開いた。

 ハルコが暖めていったのか、廊下の冷ややかさとは違う熱が頬を叩く。

 やっと足が止まった。

 しかし、メイは急には止まれなくて、彼の背中にぶつかってしまう。

 奥歯をぎゅっと噛んでいたので、声は出さずに済んだ。

 けれど、その背中にぶつかったまま。

 メイは動けなかった。

 ぐす。

 鼻をすすると、もう触れんばかり目の前にある、自分の髪で影まで出来るくらい側の、彼の肩が震えたのが分かった。

 また怒られるんじゃないかと、身構えそうになったが、カイトはそのまましばらく振り返らなかった。

 手も、離されなかった。
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