冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「ホントに…」

 その笑顔が苦笑に変わる。

 メイにというよりも、ここにはいないカイトに向けたような、そんな表情だった。

 どこででも、言葉の足りない男のようである。

「彼は…カイト君はね…ああ、君って言うと叱られるのよ…でも、社長と呼ぶのは今更だし…」

 ハルコが、話を続けようとした時。

 コンコン。

 調理場のドアがノックされた。

 えっと2人同時に顔を向ける。

 ドアは開けっ放しだったのだから、今更なノックだったが。

 そこには。

 男がいた。

 けれども、シュウでもカイトでもなかった。

 背は高いが、シュウのような細身とはちょっと違った。
 しっかりした体つき。
 伸ばされた髪は、きれいに後ろでまとめられていて、全然イヤな感じはしない。

 大人の男という印象が、笑顔の上から着込まれていた。

「面白い話をしているようだな」

 そう言いながら、彼は中に入ってくる。

「あら…いきなり入ってくるのは失礼よ」

 しかし、ハルコはまったくもって相手に驚く様子はない。

 いや、最初は驚いたがすぐにホッとしたようだ。
 顔見知りなのだ。

 え、あ…。

「インターフォンは鳴らしたんだが…でも、誰も答えなかった。どうやら、おしゃべりに夢中だったようだな」

 ハルコに近寄って、軽いキスを交わす。

 ドキン、とした。

 しかし、それで分かった。

 彼が。

 多分、ハルコの――

「やぁ、お嬢さん…初めまして」

 メイは鍋の前で戸惑ったままでいると、男の視線が彼女に向かった。

 観察されるのかと思ったが、すぐに笑顔に変わって近付いてくる。

 含みのない手を差し出されて、反射的に手を出してしまった。

 握手の時の大きな手の力に、安心感を覚える。

 いい人のような気配が、いっぱいしたのだ。
< 204 / 911 >

この作品をシェア

pagetop