冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 驚きの余り、それから目を離せなくなる。

 まばたきも出来ずに、じっと見てしまった。

「あ…」

 驚きの声が、ようやく遅れて出てくる。

 カイトは、見つけてしまったのである。

 水面をあてもなくただよう、一本の――黒い髪を。

 ハルコのものではない。
 彼女は薄茶だ。

 ということは、それが誰のものであるか推理するまでもなかった。

 毎日、綺麗に掃除をしてある風呂場だ。

 数日前に、メイが使ったなごりがまだある、とは思いにくい。

 ということは。

 風呂場の掃除をしたのは、メイという可能性が高いのだ。
 掃除の時に、落ちたのに気づかなかったのかもしれない。

 風呂場の掃除なんかしやがって――なんていう感情を起こしているヒマなんかなかった。

 まず一番最初に、彼女がここの風呂を掃除して、その風呂に自分が入っているという自覚が、いきなり押し寄せてきたからである。

 どういう気持ちかを説明しろと言われても困る。

 しかし、それだけで心拍数が跳ね上がって、頭の中が混乱したのだ。

 そこにメイが残していった証拠があるのだ。

 いつも見るだけだった、柔らかい黒い髪である。

 もしかしたら、最初に抱きしめた時に、身体のどっかには触れたかもしれない。

 だが、意識してその髪に触れたことなんかなかった。

 ここに――彼女が確かにいたのだ。

 いろんなものに触れたり洗ったりしたのだ。

 今更だが、それをいきなり意識してしまったのである。

 思えば、あの部屋の全てが。

 いろんなものが、メイの手や息に触れられているのかもしれない。

 好きな女が、自分の部屋に匂いを残していっている。

 そんな事実すら、彼は自覚していなかったのだ。
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