冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「何でしょう?」

 振り返る事務的な態度にもめげず、メイは一つお願いをした。

「あの…済みません。何でもいいんです…何か、本をお持ちじゃないでしょうか?」

 カイトの部屋に本はない。

 いや、いくらかはあるのだが、コンピュータ系の雑誌のようなものばかりだ。

 この人なら本くらいはたくさん持っているような気がした。
 そういうタイプに見えたのだ。

 本でもあれば、明日まであるたくさんの時間を、考え過ぎるだけで浪費しないような気がしたのである。

 シュウは一度彼女を見て、けれども、すぐにまた行ってしまった。

 パタン、とドアが閉ざされる。

 ため息をついた。

 ダメモトとは言え、メイのことを、多分快く思っていない相手に向かって言うには不躾過ぎたのだろう。

 あきらめて、メイは調理場の方に向かった。

 パタン。

 背中の方でドアが開く。

 ばっと慌てて振り返ったら、あの規則正しい足音が戻ってくるではないか。2、3冊の本を持ったまま。

「どうぞ」

 渡す時まで事務的な口調だ。

 しかし、メイは嬉しくなった。

 この人も、実は言葉が足りないだけで、いい人なのかもと思ったのだ。

「ありがとうございます。大切にお借りします」

 本を抱えて、ぺこりと頭を下げた。

 しかし、シュウはまた来た時と同じ足音で、さっさと部屋に戻っていった。

 やはり理解しがたい人であることには、変わりないようだった。

 メイは、調理場に雑巾を助けに行きながら、本の表紙を見た。

 随分厚いハードカバーの本である。

 が。

 足を止めた。

『戦略的経営学』
『経済を科学する七つ道具』
『マーケティング六法』

 悪気なんて全然ないんだと、メイはすぐに理解した。

 何て、あの人が持っているにふさわしい本なのかと思ったのだ。

 ただ少し、本を貸してとお願いしたことを、後悔したのは間違いなかったが。

 でも、何だかおかしくなって笑ってしまって―― ちょっと元気が出た。
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