冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 いままで、一度もなかった目。

 恐怖の色。

 ガシャーン、と何かが砕けた。

 メイの耳の裏側で。意識の裏の方で、不透明なグラスが砕け散ったのだ。

 中に入っていたのは、いままでの日々。

 幸せだと思っていた日々が、そのグレイの目を見た瞬間に、床を汚したのだ。

 違う。

 慌ててメイは、そのこぼれた水を拾おうとした。

 こんなハズはない、と。

 それさえかき集めれば、きっと元に戻るハズだ。
 たとえガラスでケガをしても、中身さえ無事なら。

 そんな彼女に、次の衝撃が襲ってきた。

 カイトは、恐怖の後―― ベッドの上と同じ顔をしたのだ。

 迫り上がってくるような苦悶の色だ。
 顔が歪んで、それを彼女から隠すようにばっと横に逸らした。

 そして。

 メイの横を無言で行き過ぎたのだ。

 離れていく。

 開いたままの玄関の扉の前で、彼女はそれが分かった。

 どんどん遠くに、カイトが行ってしまうのだ。
 足音も、気配も、何もかもが彼女を近づけまいとする。

 足早に上がっていく階段。

 メイは、振り返った。

 もう、姿は見えない。

 イヤ!

 未処理箱がひっくり返される。

 山ほどの書類袋が、メイの目の前にどさどさと落ちてきた。

 この書類を、整理しろというのだ。

 こんなにたくさんで、複雑で、そして爆弾まみれの書類を、一つ一つ袋から出して吹き飛ばされろというのである。

 彼を―― 失え、というのだ。

 メイがここにいるのを、カイトは望んでいない。

 それは、あの表情を見た瞬間に分かってしまった。

 もう、顔も見たくないのだ。
 側にいられるのもイヤなのだ。

 あんな苦しそうな顔を、自分がさせているのである。

 この家にいるという理由だけで。

 二階のドアが締まる。

 それは、拒絶の音だった。


 もう。


 ここには、いられない。
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