冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 しかし、分かりませんね。

 シュウ自体、ゲームには興味がない。

 まあ、チェスや将棋などのボードゲームのようなものは分かるのだが、仮想空間を楽しむRPGや、シミュレーションにはまったく興味がなかった。

 しかし、誰かが作った仮想空間に、好んで入りたがる人間たちがいるのだ。

 それが彼らである。

 誰の空間でもいい、と言うワケではないらしい。

 カイトの作る仮想空間が、どれだけ彼らにとってパラダイスなのか―― シュウには、一生かかっても理解不能だった。

 そんなことよりも、今日の契約を締結させる方が最優先である。

 社長室に向かう。

 秘書は今日は休みだ。

 無人の秘書席の前に来たところで、カイトは社長室から出てきた。どんな着替え方をしたら、こんなに早く着替えられるのか。

 無造作な動きで上着に袖を通しながら、彼はシュウの横を行き過ぎようとする。

 しかし、チェックの目は厳しかった。

「社長…ネクタイをお忘れです」

 冷静な声に、一瞬カイトは足を止めたが、再び勝手に歩みを進める。

 聞こえているのだが、その内容を聞き入れる気にはならないらしい。

 シュウは、彼と逆方向に歩いた。社長室だ。

 取引先の会社に行くというのに、社長がネクタイなしで現れるのはよろしくない。

 それは、昔のいろんな事件で、彼もよく知っているはずだった。

 なのに、そんな態度である。

 社長室に入るとすぐ目につく床に、ネクタイは力無く落ちていた。

 脱ぎ散らかしたものも、そこらにすっ転がっている。

 着替えが早いはずだ。

 おそらく、ハンガーから背広を抜いた時点では、ネクタイも一緒に取ったのだろうが、結ぶ気が起きずにそんなところに落としたのだろう。

 それを拾ってから、彼は踵を返す。
 早足で彼を追った。

 幸いなことに、エレベーターが上がってくるまで時間がかかっていたようだ。

 カイトは、そのドアの前にいた。

 ちょうどドアが開き、2人乗り込むことになる。
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