前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
ばばーん。
口で作った効果音で飾り、楓は第二控え室を勢い良く開ける。
白けた空気すら漂わないその控え室の向こうには、ノートパソコンと向かい合ったご老人がテーブルに着いて珈琲を啜っていた。
今日に合わせて着飾ったスーツなのだろう。
いつも以上に高級感溢れている。
此方を一瞥もせずディスプレイと向かい合っている御堂淳蔵は、
「やってくれたな二階堂楓」
パイプ椅子に凭れ、忌々しそうに舌を鳴らす。
いつも余裕ぶっている祖父がこのような表情をするとは珍しいと玲は思って仕方がない。
ふふんと得意げな笑みを浮かべる楓はこれでも骨が折れたんだよ、とウィンクした。
「何をしたんだよ」大雅の質問に、「合併を持ちかけたのですよ」真衣が答える。
曰く、鈴理と大雅が共同作業で解析したデータをもとに、共食いされそうな企業とそれを起こしそうな企業を合併させるよう仕向けた。
片方が片方を食らい、支配する、潰すのではなく、合併共存という形に流れを持っていたのだと真衣。
約一週間でよくもあれだけの企業を合併に同意させることができたものだと感心をみせた。
共食い返しをするのではなかったのか。
目を丸くする大雅に、「あれはうそ」どっかの誰かさんを警戒させる罠だと楓がおどけた。
相手に共食いを仕掛けてくるのではないかと錯覚させれば、それなりに受け身となり、守備の姿勢を見せてくる。
守りがかたくなれば動きも鈍くなる。
そこを狙って楓は行動を起こしてみせた。
自分達が提携している企業と、御堂財閥が提携している企業の合併提案を申告したのだ。
すべてが合意するとは思えないが、それでも合意する企業が増えればグンと共食いされる確率も減る。
また合併すれば、提携財閥の動きも探ることができる。
共食いしようにも下手に動けないというわけだ。
たとえ資金を出しているのが財閥だとしても、明確な理由がない限り、企業にとって有利となる条件を一蹴することは難しい。
寧ろこれで拒絶を示せば企業の信用を失いかねない。
財盟主のひとりであろうと、人の信頼を勝ち取ることは容易ではないだろう。
規模は一企業、二企業の話ではないのだから。
「優秀な弟妹のおかげで、貴方の目論見が明るみにでましたよ。僕も大手柄! ふふっ、若造にしてはやり手だと思いません?」
へらりへらりと笑う楓は、「不届き者の僕は」貴方達の座を狙う男です。以後、御見知り置きを。恭しく頭を下げてみせた。
これは楓から淳蔵に対する宣戦布告である。
自分と繋がりのある人間と協力し、必ず五財盟主のご老人を地位から引き摺り下ろす。
その地位に上がってみせる。
だからこそお孫さんは大事にするべきだとぼけた表情を一変させ、野望を秘めた破顔を作った。
「なっ!」悲鳴を上げたのは大雅である。
財盟主の人間に対してその口のききよう。
命知らずも良いところだ。
兄は本当に何を考えているのだろうか。本気なのか、その宣戦布告。
目を白黒させる大雅を余所に、楓はお孫さんからも何かあるみたいですよ、と発言権を玲に渡す。
受け取った彼女は二枚の契約書を取り出し、各々手に取った。
「豊福との婚約。貴方との命令で交わしていましたが、今日を持って白紙にさせて頂きます。これからは僕と豊福の意思で契約していきたいので。もう仕組まれた婚約はごめんです」
言うや、持っていた契約書を破り、もう片方の契約書も手にかける。
「彼の借金は僕達が払います。楓さんにはそれをお願いしたいのですが……、本当は祖父と契約を交わした“元凶”を此処に出してやりたい。けれど今すぐには無理そうなので」
「五百万くらいなら余裕だね。僕が受け持つよ。
ふふっ、淳蔵さん、成立しますよね? 借金さえなくなれば、婚約の一件は基本的に本人の意志に委ねられる。
特に御堂夫妻は愛娘を尊重する人達。さっき個人で話をしてきました。婚約の策略も把握済みですよ。
―――もう貴方の意思はもう反映されない」