ひつじのあたま
 よく見ると、悟さんの目元には涙が滲んでいた。
 「ねえ、ひーくん」
 「んー?」
 「今日ひーくんの部屋で寝ていい?」
 「えー、なんでだよー」
 「花穂ちゃんを居間に寝かせるわけにはいかないでしょ」
 えっ。私のため?
 「ったく、わかったよ」
 そう言いつつも不満そうな表情。ありがと、と悟さんはシャワーを浴びに部屋を出て行った。ヒカルに悪い気がして、
 「ごめん、ヒカル」
 謝った。
 ヒカルはキョトンと目を真ん丸にして、かと思えばいつもの意地悪そうな微笑みで私の隣りまでやってきて座った。
 「じゃあさ、俺のベッドに二人で寝よっか?」
 「…!」
 反応に困って口をぱくぱくしているとヒカルが腹を抱えて笑い出した。
 「あはは!馬鹿、冗談だよ。なに本気にしてんだ」
 「な…!」
 こ…こいつ!からかうなんて許せない!
 「ほ…本気になんてしてないもん!」
 「ふーん。それにしては顔真っ赤だぞ」
 私が殴ろうとしたのをスイッと上手によけて、ヒカルは立ち上がった。
 「じゃ、俺ちょっと出かけてくるねん」
 ちょっと待ちなさいよ、と言うのも聞かずにヒカルは出て行ってしまった。
 部屋に一人きりになった私は、足音を立てないように気を配りながら部屋を出た。
 廊下を挟んで向かいの扉を開いた。手探りで壁を触って電気をつける。光に包まれた室内は綺麗に整頓されていて、無駄な飾りは全くなかった。
 たぶん、悟さんの部屋だ。
 ゆっくり中に入った。
 悟さんの気配がしんと潜んでいる。その静けさのぶんだけ自分の息遣いや鼓動がやけにうるさく耳に響く。
 気がついたらベッドに上半身をもたせかけていた。
 悟さんのベッド…。
 もしかしたら、ストーカーみたいかも、私。そんなことを思っているうち、瞼がかくんと降りてきて、私はその姿勢のまま眠りに落ちていった。


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