狂想曲
「律」


背後からの声に振り向いた。

髪についた雨粒を払いながら、キョウが近付いてきた。


だからキョウに駆け寄ろうとした瞬間、



「キョウくん?!」


驚いた。

その声を発したのが、今しがた私とじゃがいもの譲り合いをした彼女だったから。



「るりちゃん……」


すとん、と、冷めたものが体の中心に落ちてきた。


キョウの、好きな人。

こんなできすぎた偶然があっていいのだろうかと思う。



「るりちゃん、買い物? ダメじゃん、妊婦さんがそんな重いもの持ったら。しかも今日雨降ってんのに、風邪引いたらどうすんの」

「キョウくんは過保護ね。妊婦だってそんなにヤワじゃないんだから」


くらくらする。

何で私はこんなところにいるんだろうか、と。



「でも、嬉しいな。キョウくん、なかなかうちに遊びに来てくれないし。こんなところで会えてびっくりよ」

「うん」

「トオルから、キョウくんにカノジョができたって聞いたけど」


そしてるりさんの目が、私を一瞥し、



「キョウくんが幸せそうでよかった。本当に、本当によかったと思ったの」

「うん」

「私の大切な、弟みたいなキョウくんが、って。あの頃からのことを思ったら、私涙出ちゃって」


るりさんは、瞼の淵を赤くする。

キョウはそんなるりさんから目を逸らした。
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