狂想曲
私はその人形を胸の中にぎゅっと抱き締めた。

後に奏ちゃんに捨てられることになるそれを、大切に、大切に。


彼は泣き顔で笑う私を見て、にこにこしていた。



そして私は、その男の子に――キョウに、キスをした。



「ありがとうって言った後、律のお母さんとお父さんがチューってしてたの。だから律も同じようにしたの」


彼は顔を真っ赤にさせてうつむいた。

私は、大人の仲間入りをしたような気になって、少し嬉しく思ったことを覚えている。



「ねぇ、どうやってピアノとお喋りするの? 律もピアノとお喋りしてみたい!」

「んーっとね、できる時とできない時があるんだけど。ピアノを弾いてたら、ピアノが話し掛けてくるの」

「すごーい! 魔法みたい!」


私はその話を聞きながら興奮した。

まるで魔法使いに会ったみたいだったから。


その時、向こうから声がした。



「律! こんなところにいたの? 探したじゃない!」


お母さんだった。

私は急いで立ち上がる。


彼は急に寂しそうな顔になったが、その頃の私がそれに気付くはずもない。



「律、お母さんが迎えに来てくれから、帰るね!」

「うん」

「ねぇ、また会える? 今度律の宝物あげる!」

「うん」


ただそれだけの口約束をして、私は名前も聞かず仕舞いの男の子と別れた。

それから、彼と――キョウと、その公園で会うことは二度となかった。


大切にしていた人形も、知らない間に奏ちゃんに捨てられてなくなり、私はいつの間にか、その日のことを記憶の彼方に追いやっていた。

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