ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
1 ドタキャンされた夜の、過ごし方
     ☆☆☆☆☆



「え?」


廊下でパタと足を止めて、
あたしは小さな声をあげる。


「ムリって……」


『ゴメン、急にトラブってさ。
もうちょいかかりそうなんだ。

今度埋め合わせするから』


電話の向こうから聞こえて
くるのは、ありがちな謝罪文句。


……そりゃ、急なら仕方ない。


とはいえ、こっちは一時間
残業して今まさに会社を
出ようとしてたところ。


ちなみにあたしの終業時間は
7時で、残業した今は
つまり、8時だ。


6時が定時の拓巳(タクミ)なら、
もう少し早く連絡できたん
じゃないの? と、つい
思ってしまう。


_……でもまぁ、今さらそんな
文句を言ったってどうにか
なるわけでもない。


結局あたしは、軽いため息
だけでその点は不問にして
言った。


「わかったわ。
じゃあ、残業頑張って」


通話を切り、携帯を
バッグにしまう。


――さて、どうしよう。


「休日前夜にこのまま
帰れっての?

ジョーダン」


それじゃこの一週間の
あたしは、本当にただの
働きづめだ。

なんの楽しみもなく、
今週が終わっちゃう。


特に目新しい予定じゃ
なくても、予定は“ある”
ことが重要なの。

それを楽しみに頑張ってた
とか、そこで気分転換とか
――とにかく、そういう
スパイスなんだから。


_「仕方ない。妥当なところで
手をうつか」


声に出して呟いて、あたしは
来た道を戻った。


さして広くないオフィスに
入ると目的の相手を見つけ、
声をかける。


「奈々(ナナ)、一緒に飲みに
行ってあげる」


同僚の内村奈々は帰り支度の
手を止めパッと顔をあげると、


「ん? 何言ってんの?

彼氏持ちの美咲(ミサキ)さんは、
デートだとか言ってさっさと
帰ったんじゃなかったっけ?」


おっと。白々しい言い方を
したら、白々しく返されて
しまった。


さっき『美咲〜、飲みに
行こー!』と誘われたのを、
サラッと断ったからだ。


_「ゴメン、悪かった。

ドタキャンされたから、
やっぱ飲み行こ」


素直に認めると奈々は
満足げに笑って、


「最初からそう言いなさいよね。

にしても拓巳クンまた?
忙しいのねー」


「だね。一応係長だからね。
何かとあるんじゃない」


『トラブった』中身までは
聞かなかったから、曖昧に
笑ってそう答える。


実際、拓巳のこういった
予定キャンセルは今回が
初めてじゃない。

ここまで急なのは少なくても、
前もってならけっこうザラ。


まぁ、お互いもう年季の
入った社会人。

かわいくしょげるような
歳でもなくなったあたしは、
だからってどうするわけ
でもないけど。


_「それじゃどこ行く?

こないだのイタリアンとか?」


「んー、それもいいけど、
なんか今日は日本酒の気分かも」


「……美咲、年々趣味が
渋くなるわねー」


「いいでしょ、ほっといて」


そんな会話をしながら、
あたし達はフラフラと
オフィスを出た。





――あたし、里中美咲
(サトナカ・ミサキ)は、決して
寂しいOLじゃない、と思う。


27歳独身。結婚相談所
《ピュア・スプリング》勤務。

結婚相談所――

未婚の男女会員を募り、
一対一の見合いをセッティング
したり、パーティーを開催
したりして出会いの場所を
提供する、あれだ。


_とはいえ仕事は分割されてて、
あたしの職種は“カウンセラー”


入会希望のお客様の応対を
して入会を促す役割で、
要は集客営業。

入会後の会員の世話は、
“アドバイザー”っていう
別部署がやる。


新米の頃はテレアポやビラ
配りもやらされて辛かった
けど、地道に頑張って、
今年やっとチーフっていう
肩書きをもらった。


数人いるチーフは現場に
出るよりも、それぞれ自分の
部下を持って、その子達の
成績管理、指導が主な
仕事になる。


_ちなみに同期で同い年の
奈々も、別チームのチーフだ。

お互いやっと楽できる立場に
なれたってわけ。


奈々は去年彼氏と別れて
以来フリーだけど、
あたしには彼氏がいる。


黒川拓巳(クロカワ・タクミ)、
歳はひとつ上の28歳。

大手時計ブランドの運営部で
働いてて、役職は係長。


拓巳とは3年前に合コンで
知り合った。


二人ともダイビングが趣味
だったから気が合って、
何度か会ううちに付き合う
ことになって。

それから今まで、時々派手な
喧嘩をしつつも、ずっと
続いてる。


あたしも拓巳も実家は地方で、
お互い一人暮らしだから、
気楽な面があるのかもしれない。


_結婚の話は、出たことない。


でも別にこれは悲しむべき
ことじゃなくて、あたしも
まだ全然考えてないから
かまわない。


拓巳はわりと仕事人間で
他のこと考える余裕はない
って感じだし、あたしは、
自分が主婦になるなんて
まだまだ想像できない。


最近は行き急がなきゃ
いけない時代でもないし、
結婚は30過ぎてから考えれば
充分って思ってる。




――仕事は特に問題なく、順調。


彼氏も友達もいて、たとえ
彼氏にドタキャンされたって、
その後の過ごし方に困る
ようなことはない。


プライベートも充実してる。
――そう言って、いいと思う。


_なのに、どうしてかな。


最近時々、わけもなく
こんな毎日を退屈に思う
時がある。


いつもと同じ満員電車に
揺られてる時。

いつもと同じ営業トークを
繰り返してる時。

いつもと同じ彼氏、友達と
ご飯食べてる時――…。



彼氏や友達がいつも同じ
なんて、当たり前なのにね。


それで退屈なら、あたしは
彼氏を取っ替え引っ替え
しなきゃいけなくなる。


そんなこと望んでるわけ
じゃないのに、どうして
あたしは今の生活を“退屈”
だなんて感じてしまうのか。


最近のあたしは、そんな
感情を心のどこかで持て
余しながら、毎日を過ごしてた。


_


「あ、ごめんなさい」


エレベーター乗り場に入る
角を曲がった時、ちょうど
そっちから出てきた人影と
軽くぶつかってしまった。


奈々と話してて若干よそ見
してたあたしは、即座に謝る。


「――いえ。お疲れ様です」


返ってきた声は聞き覚えの
あるもの。

見上げて顔を確認すると、
思ったとおりのスーツ姿が
そこにあった。


「あ、柚木(ユズキ)クン……」


後輩社員の柚木クン。

彼は奈々のチームの社員
だけど、もちろんあたしも
面識はある。

あたしと奈々が同時に
チーフに昇格するまでは、
同じ営業社員の立場だった。


_とはいえ、それほど仲が
いいということもない。


これはあたしだけがという
ことじゃなく、柚木クンは
社内の誰ともあまり仲よく
ないんだ。


寡黙で、仕事に関する必要
以外のことをほとんど話さない。

見た目も細身の長身に長めの
黒髪、シルバーフレームの
眼鏡をかけてて、よく言えば
知性的だけど、悪く言えば
カタそう。


営業スマイル以外は笑う
こともあまりないから、
冷たそうなイメージすらある。



そんな相手だから、あたしは
別に親しみを込めることも
なく、儀礼的に尋ねた。


「お疲れ様。お見送り?」


_この時間にエレベーター
から降りてくるということは、
お客様を見送って一階まで
降りてたくらいしか思い
つかない。

最後の接客が長引いてたん
だろう。


「えぇ」


「たしかあの人よね? 
38歳の商社マン。

どうだった?」


すぐに確認したのは上司の
奈々で、柚木クンは無表情で
コクリと頷いて、


「契約されましたよ」


「おー、やった!
今月好調だねー、柚木クン」


チームの結果はイコール
自分の成績だから、奈々も
嬉しそうだ。


「今月はうちのチームが
トップ頂くかもよ、美咲〜?」


「何言ってんの、まだ中旬
でしょ。
こっちだってこれからよ」


_負けず嫌いが働いて言い
返すけど、実際にはたしかに
今のところ、奈々チームが
売上は断トツ。


そう……柚木クンって社内
では浮いてるのに、売上は
けっこういいんだよね。

何でも要領よくこなすから、
それが成績に繋がってる
みたいで。



「それじゃあ、今日はお先に。

柚木クンも早く帰りなね〜」


ヒラヒラと手を振る奈々と
一緒に柚木クンとすれ違い、
あたし達はエレベーターに
向かおうとした。


が、思いがけず背後から
声がかかる。


「……一緒に帰るんですか?」


_「え? うん、そうだけど?」


振り返って答えつつも、
奈々はキョトンとした表情。


続いてあたしが『どうして?』
と尋ねると、柚木クンは
抑揚のない声で、


「……いえ。仲がいいん
だなと思って」


「…………は?」


「何でもないです。

それじゃ、お疲れ様でした」


ポカンとするあたし達を
その場に残して、柚木クンは
サッサと角を曲がり姿を
消してしまう。


あたしと奈々は顔を見合わせて、


「何、あれ?」


「……さぁ?」


と、首をひねった……。





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