ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
14 予想外のトラブルの、切り抜け方
     ☆☆☆☆☆


翌日。


いつものように勤務しながらも、
あたしはどうにも仕事に
身が入らなかった。



……昨夜の柚木クンの
話が、頭を離れない。


柚木クンは出て行くわけ
じゃないと言ったし、今朝の
態度もいたって普通だった。

まるで昨日のことなんて
なかったみたいに。


でもあたしは、だからと
言って気にしないでいる
ことなんてできない。


何かが変わるわけじゃない。


無論、柚木クンと事業提携
先であるホワイト・マリッジの
社長がそんな関係だという
ことは、バレたら大変な
事実ではある。


_でも柚木クンなら、簡単に
バレるようなヘマはしない
だろう。


彼のしたたかさはもう身を
持って知ってるから、その
点はそう思えた。


――それならあたしも、
何も知らないフリをして
普通に過ごしてればいいの
かもしれない。


そんな考えもないわけでは
ないけれど……
でも心は、どうしてもそう
すんなりと割り切ることは
できなくて――…。




心ここにあらずな状態で
適当に周囲と会話しながら、
おざなりに仕事をしていた
午後を少しまわった頃だった。


_チーム員は三人が接客に
入ってて、その報告を
受けながら、他のチーム員と
デスクで資料作成の雑務を
していると――、


「お疲れ様です」


所用で人事総務課に行って
いた部下の雅絵が戻って
きて、小さな声で言って
席に座る。


その態度が、今のあたし
でも気にかかるほど露骨に
おかしくて、あたしは首を
傾げた。


「どうしたの、雅絵?」


挨拶の声も強張ってたけど、
それよりも明らかに、態度が変。


表情は緊張しているように
見えるし、席に座ってからも
ソワソワしていて、妙に
落ち着きがなくて……。


_さっきまでは、別にごく
普通だった。

人事総務には書類提出に
行っただけなのに、一体
どうしたんだろう?


「えっ? あ、な……何が
ですか?」


ピクッと肩を震わせて、
ぎこちなく返事する雅絵。

あたしはますます眉間を寄せて、


「いや……なんか様子
おかしいから。

人事で何かあったの?」


「え……いえ、特に何も……」


雅絵がたどたどしく答える
声に、電話の音が重なる。

――あたしのデスクの、
内線が鳴っていた。


「あ、ゴメン」


雅絵に短く謝って受話器を
取ると、電話の相手は
大竹課長だった。


『ああ、里中』


_課長は午後からアドバイザー
部門の管理職との会議で、
別階の会議室にいる。

あまり見慣れない内線番号が
表示されてたから、そこから
かけてきてるんだろうか。


「はい、里中です。
お疲れ様です」


珍しい内線を不思議に
思いつつもとりあえずそう
返事すると、間髪をいれず
課長が話をしてくる。


『急で悪いが、この後の
予定が変更になったんで
連絡した』


「え、そうなんですか?」


『ああ。今日は終日、
会議になりそうだ。

4時からのチーフとの
ミーティングはできそうに
ないから、日を改めてに
なるな……』


_そう話す課長の声は、何だか
普段の落ち着きがないように
聞こえた。

なんかまるで、トラブル
でもあって緊迫してるみたい。


(何よ、課長まで?)


ついそんなことを考えながら
『わかりました』と答え、
会話を終え電話を切る。


そして通路を挟んで隣に
座る奈々に、今の内容を伝えた。


「奈々。大竹課長、今日は
終日会議になったんだって。

だから4時からの
ミーティングは延期だって」


「あ、そうなの?」


「うん。なんかよくわかん
ないけど、そうらしい」


電話を指差して今の内線が
その連絡だったことを示すと、
奈々は怪訝な顔をして、


_「終日って……今日の会議
って定例の部署間報告会議
だよね?

なんでそんなのがそこまで
延長すんの?」


「だからわかんないってば。

特に何も言ってなかったから」


「ふぅん……」


ふに落ちない様子の奈々を
置いて、あたしは席を立った。

離れた所に座ってる他の
二名のチーフにも報告する
ためだ。


全チーフに報告を済ませて
席に戻ってくると、あたしを
見ていた雅絵と目が合う。


「……ん? あぁ、さっきは
ゴメンね」


雅絵との会話が途切れて
いたことを思い出してそう
言うと、雅絵は首を横に振って、


_「いえ。あの……課長、
ずっと会議って言ってたん
ですか?」


「ん? そう。

何かあったのかしらね」


とはいえこっちで予定して
いたミーティングはチーフ
のみだから、雅絵にはなんら
影響はないと思うんだけど。


なぜか妙に不安げな顔を
している雅絵も、やっぱり
様子がおかしい。


本当にどうしたのかと
尋ねようとした時、雅絵は
問いかけを待たずに
自分から話を始めた。


「それ――もしかしたら、
重役との話し合いに行ったの
かもしれないです……」


「……え? 重役と?」


予想もしていなかった言葉に
露骨にキョトンとしてしまう。


_雅絵はチラリと周囲を
うかがうと、唐突に席を
立ってあたしのすぐ隣まで
歩いてきた。


そして驚いてるあたしに
一方的に顔を寄せて、
かすかに張り詰めた小声で、


「実はさっき人事総務の
デスクに行った時、人事
課長が誰かと電話で話してて。

口調から、重役と話してた
みたいなんですけど。

その会話が、ちょっと
ヤバそうな感じで……」


「“ヤバそう”……?」


何がヤバいって言うんだろう。


というか、戻ってきてから
雅絵の様子がおかしかった
のはそのせい?


やっとそれだけは納得した
けど、内容に関しては
想像もつかない。


_『どういうこと?』と説明を
求めると、雅絵はコクリと
小さく喉を鳴らしてから、
意を決したように口を開いた。


「詳しくはわからないん
ですけど、事業提携に関して、
ホワイト・マリッジが何か
要求を変えてきたとか。

組織改編はしないとか、
社名や社員の待遇は変えない
って約束だったのに、話が
違うとか何とか……」


「えっ!?」


思わず叫んでしまった
あたしの声に、全く同じ
叫び声が重なって、あたしは
ギョッとする。


バッと首を動かして声の
した方向――背後を確認
すると、いつの間にか奈々が
席から身を乗り出していた。

どうやらあたしと雅絵の
様子がただならぬのを感じて、
盗み聞きしていたらしい。


_「ちょっと、奈々……!」


咎めようとしたけれど、
奈々は強引にそれを遮って
会話に割り込んだ。


「ゴメンって。だって気に
なっちゃったんだもん。

でも雅絵、それ本当なの?」


とうとう奈々も立ち上がり、
あたしの机に右手をついて
完全に会話に加わる。


まあ、聞いてしまった以上は
気になるのも無理はない。

というか、あたしだって
ちょっと今の話は聞き捨て
ならないもの。


あたしもそれ以上奈々を
責めるのはやめて、最優先
するべき方に集中する
ことにした。


あたしと奈々のまっすぐな
視線に、雅絵は頷いて、


_「たしかにそう言ってたんです。

『ちょっと待って下さいよ、
それじゃあ完全吸収と同じ
じゃないですか。

ピュアスプリングの組織は
消滅しますよ!』って。

それでその後、上層部で
緊急会議ってことになった
みたいで、人事課長も部屋を
飛び出して行って……」


「完全吸収っ!?」


すぐ隣で大声を出した奈々に、
あたしは慌てて思いっきり
彼女の背中を叩いた。


「ちょっ、声大きいわよっ」


焦って周囲を見回すと、
案の定パラパラと席に
ついてる面々が、何事かと
こっちを見てる。


_奈々が取り繕うようにペコ
ペコ頭を下げて、『何でも
ありませーん』と説明すると、
訝しげな顔をしながらも、
みんな仕事に戻るけれど……、


(……………!)


ひとつだけ、離れない視線が
あることに気づいて、あたしの
胸がドクンと鳴った。


(……柚木クン……!)


そう――視線の主は、彼。


奈々のデスクがある島の
一番隅の席で寡黙にデスク
ワークをしていた柚木クンが、
刺すような目でこちらを見てる。


その瞳には、珍しく感情が
宿ってるように見えた。


驚きと――そして何だか、
怒りのような。


_あたしはその瞳から目が
そらせなくなって、息を
飲んで視線を絡めたままでいた。


でも奈々達はそれに気づかず、
二人で話を進めていく。


「どういうこと?

事業提携は、あくまでうちの
組織は活かしてくれる形で
進むんじゃなかったの?」


「その予定だったのが、
急に先方が話を変えてきた
から、困ってるって状況
じゃないんですか……」


「だから上層部で緊急会議って?

ちょっと……もしそれが
マジだったら……」


『うちの会社、本気で
ヤバいんじゃないの』


周囲を気にして小声で
告げられた奈々の声が、
耳鳴りのように響いた。


_そして――それとほぼ同時に、
あたしの視線の先で、柚木
クンがギィッと椅子を
鳴らして立ち上がる。


「……………っ?」


ドキッとする間もなく、
柚木クンは席を離れ、ツカ
ツカとこっちに歩いてきた。


気配に気づいて顔をあげた
雅絵に向かって、


「上層部が“吸収”って
言ってたって、間違い
ないんですね?」


いつもより少し低めの
早口で、そう尋ねた。


「えっ? あ、あの……」


まさか離れた席の柚木クンが
こんなふうに割り込んで
くるとも思ってなかった
雅絵は、しどろもどろだ。


_すると柚木クンはすぐさま
眉間にスッとしわを寄せて、


「答えて。

聞き間違いじゃないんだな?」


「はっ、はいっ」


そのあまりの凄みに、雅絵は
声をひっくり返しておっかな
びっくり返事をした。


当然だ。

彼が仕事場で敬語じゃない
こんな口調を使うのは、
間違いなく初めてなんだから。


「ちょ、柚木ク――…!」


柚木クンが特別な反応を
示す理由は、もうわかってる。


彼にとってホワイト・
マリッジは、ただの事業
提携先じゃない。

だけどだからって、この
態度は予想外だった。


_敬語を忘れてまで――
決して崩したことのなかった
会社での顔を忘れてまで、
どうしてこんなに彼が
取り乱すの――…?


「――黙ってて。

向こうが一方的に話を
変えてきた。
それも、間違いない?」


柚木クンはあたしの声を
ピシャリと遮って、矢継ぎ早に
雅絵に質問を続ける。


雅絵はもう半ばア然と
しながら、反射的に頷いた。


「聞いた話のニュアンスでは、
完全にそうだった。

人事課長、“ピュアスプリング
としての経営はどうなるんだ”
って、すごく焦った感じで……」


――その話を最後まで
聞かずに、柚木クンはまた
素早い動作で身をひるがえした。


_大股に歩いて自分の席に
戻り、足元に置いてあった
通勤バッグを乱暴に掴む。


どうしたのかと呆然と
見守る周囲の視線を気に
する様子は、全くない。


集中する多くの仕事仲間の
目は完全に無視して、一瞬
だけ奈々の方を見ると、


「すみません。

今日はこれで早退します」


一方的にたったそれだけを
言い、ハンガーラックまで
歩いてコートを引っつかむと
腕にさげた。


そして、それ以上はもう
こっちの反応も見ずに、
背を向けて出口へと歩き始める。


「あっ、柚木クン――!」


ワンテンポ遅れてやっと
奈々がそう叫んだ時には、
もうその姿は廊下の向こう
へと消えていた……。





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