ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
13 隠された秘密の、受け止め方
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「オレの母親は、高校三年の
時に未婚のままオレを産んだ。

当時彼女はかなりのヤンキーで、
父親も同じチームの男だった。

いい加減な奴で、子供が
できたって言っても認知
してくれなかったらしい」



ダイニングテーブルの椅子に
座った柚木クンは、静かな
――本当に淡々とした声で、
そう語り始めた。


スーツのジャケットは
脱いで椅子の背にかけ、
ネクタイも少し緩めてる。


あたしは再びソファに腰を
おろし、息を詰めてその
声に耳を傾けていた。


_「だけどそんな男でも、
本気で好きだったみたいでさ。

妊娠をきっかけに逆に
別れることになったけど……
母親は、オレを産んで
一人で育てる決心をしたんだ。

それで、チームから足を
洗って、高校を中退して
オレを産み……両親と生活
しながら、一人でオレを
育て始めた……」


そこで一度言葉を切ると、
柚木クンはゆっくりと細く
息をつく。


伏せられた瞳に、長い
まつげが影を落としていた。


_「学のない母親は、平日は
保育園、土日は祖父母に
オレを預け、女だてらに
運送業で必死に働いてたよ。

祖父母も援助してくれてた
から、人並みの生活は送れてた。

でも、祖父母はオレが
小学生にあがると、相次いで
病気で亡くなって……」



「……………」


あたしは紡がれる言葉に、
相槌を打つことすらできない。


いきなり語り始められた、
柚木クンの生い立ち。

それだけでも戸惑いを
感じるのに、その思いがけず
壮絶な内容に、どんな言葉を
返せばいいのかわからなかった。


_「祖父母以外には援助して
くれるような親類はなかった
から、母親は仕事を変えた。

運送業じゃ一晩中帰って
これないこともあるからね。

幸い少しの財産と家は
残してもらえたから、昼の
仕事を始めたんだけれど――
やっぱり年々、生活は
厳しくなっていったかな」


そこまで話した時、どこか
遠いところをさ迷っていた
柚木クンの視線が、パッと
こちらに向く。


思わずドキッとするあたしに、
彼はほんの少しだけ皮肉
めいた笑みを浮かべて、
話を続けた。


「母親が蘭子さんに会った
のは、そんな時だよ。

たしか、オレが小6に
なってすぐの頃だったかな……」


_「―――――!!」


“蘭子さん”の名前に
ピクリと頬が震えてしまった。


『蘭子さんが親代わり』と
いうところから始まった
この話が、やっと元の
場所に戻ってきた。


やっぱり、柚木クンは
自分と蘭子さんとの関係を、
きちんと話そうとして
くれてるんだ。


ようやくその確信が持てて、
あたしは知らず知らずの
うちに、ギュッと両の拳に
力を入れる。



「元々母親と蘭子さんは、
学生時代の知り合いだった。

蘭子さんは母親の二学年下で、
母親がチームに所属して
ヤンチャしてた時に、妹分
みたいに面倒見てた後輩
だったんだ」


_(学生時代の……?

じゃあ、柚木クンが小6の
時っていうのは、正確に
言えば“再会した”って
ことなのね……)


「同じようにヤンチャしてた
二人だったけど、10年以上も
経って偶然再会すると、
環境は全く違ってた。

かたや、毎日ギリギリの
生活を送るシングルマザー。

だけどもう片方は、高校を
出てカタギに戻ると、意外な
ビジネスの才能を開花させて、
なんと小さな個人事務所の
経営者になってた」


「個人事務所……」


ハッと思い当たり、自然と
声が漏れる。


そうだ……“もう片方”で
ある蘭子さん――つまり
ホワイト・マリッジの社長は、
元々個人でブライダル
コーディネートの仕事を
していたって聞いたことが
ある……。


_「二人の立場はすっかり
逆転してた。

蘭子さんの方が、社会的にも
財政的にも圧倒的に上を
いってたからね。

“妹分”だった頃は先輩風
吹かして強気で接してた
母親には、戸惑いの方が
強かったと思うよ」


柚木クンはまた、昔を思い
出すように視線を上に向けた。

きっと実際に母親と蘭子
さんが会って話すところも、
見たことがあるんだろう。



「――だけど蘭子さんは、
懐かしさからか随分好意的で。

生活が大変なら、優遇する
から自分と一緒に仕事を
しないかと誘ってきたんだ。

近い将来は本格的な会社
経営も考えてるから、
今より絶対にいいからって」


_本格的な会社――つまり、
それが未来のホワイト・
マリッジだ。


ということは――…。


「母親には、姉貴分としての
ミエなんて気取ってる
余裕もなかった。

喜んで、その誘いを受けたよ。

もちろんブライダルコーディ
ネートのことなんて何も
知らなかったけど、蘭子
さんのアシスタントとして、
仕事を始めた……」



――そうだったんだ。


柚木クンのお母さんが、
ホワイト・マリッジの
前形となった個人事務所の
スタッフだったなんて。


何だかこうして聞かされても、
あんまりピンとはこない
けど……。


_(でも、それとさっきの
セリフとが、どう繋がるの?

お母さんと蘭子さんが
ビジネスパートナーだからと
いうだけで、親代わりと
までは言わないわよね……?)


あたしの疑問は、また柚木
クンには敏感に気づかれて
しまったのかもしれない。


彼はフッとため息のような
息をもらすと、『焦るな』
とでも言うように、少し
だけ意地悪な口調で、


「ずっとこのままなら、
オレにとってあの人は、
一生“母親の知り合いの
オバサン”だったろうね。

でも、その関係は二年後に
変わった。

――オレの母親が、交通
事故で死んだんだ」


_「え―――…?」


漏れた声が、喉の奥に張りつく。

驚きできっと表情も
強張ってただろう。


(お母さん……
亡くなってたの……!?)


戸惑うあたしが言葉を
見つけるより先に、柚木
クンがまた話を続けた。

――こんな内容でもやっぱり
淡々と、まるで本でも
読むように。


「オレが中2、母親が
32歳の時だった。

本当に、突然だったよ。

つき合いのある親類が
なかったから、オレの身の
振り方が問題になった。

まだ未成年だったからね」


『オレは、一人でも生きて
けるって言ったんだけど』


そう続けて、柚木クンは
どこか自虐的に笑う。


_「ろくに会ったこともない
親戚に預けられるか、児童
福祉施設に入るかという
選択になった時、蘭子さんが
言ったんだ。

自分が後見人になって、
オレを引き取るって」


「え――蘭子さんが――…!?」


「ああ。母親ぐるみで
つき合っていたから、ぜひ
面倒を見たいって言ってね。

財政も問題ないし、実際
候補にあがってた遠縁より
生活環境はよかった。

家庭裁判所も蘭子さんの
申し出を認め……彼女は
正式に、オレの後見人になった」


後見人――つまり言葉どおり、
本当に“親代わり”ということ。


そういう、ことだったんだ……。


_「オレは蘭子さんのマン
ションに引っ越して、
二人暮らしを始めたよ。

後見人の務めはオレが
成人するまでだ。

“親切で面倒見のいい知り
合いのオバサン”と、数年間
一緒に暮らすだけ。

うまく同居していくのは、
実際別に難しくなかった。

だけど……」


そこで一度言葉を切る柚木クン。


あたしは無意識のうちに、
先を求めて前屈みになる。


「しばらくして気づいたんだ。

彼女が求めているのは、
そんなことじゃないって」


「求めてること……?」


……どういうこと?

だって蘭子さんは、柚木
クンが先輩の息子で、
放っておけなかったから。

だから、面倒を見ることに
したんじゃないの?


_そんなあたしの考えも
わかってるのか、柚木クンは
まっすぐあたしを見て、
首を横に振る。


「オレがもう少し幼ければ、
気づかないまま数年は一緒に
いられたかもしれない。

でも、残念ながらオレは、
昔から敏感でね。
一年も経つ頃にはハッキリ
わかった。

彼女がオレを引き取った
のは、お節介でもなければ
優しさでもない。

そして彼女が欲しがってる
のは、“息子代わり”
なんかじゃないって――」


「……………っ」


胸の中を、黒い疑念が渦巻く。


それを確かめるのは怖いと
思えた。


だけどあたしももう、その
真意を知らずにはいられない。


_「どういう……こと……?」


かすれる声で尋ねたあたしの
瞳をとらえて。


柚木クンは感情のない顔で、
淀みなく答えた。


「なぜだかは知らない。

だけど彼女は、ただオレを
手に入れたかったんだ。

――“女”として」


オンナとして。


その言葉の、意味する
ことは――…。


「それが、オレがそこに
いる理由なら。

血縁でもない人間を引き
取って養ってくれる理由が
そこにあるなら、望みを
叶えてあげなきゃ申し訳
ないでしょ」


『ギブアンドテイクだよ』
と、柚木クンは囁くように
言った。


_「初めて彼女を抱いたのは、
同居し始めて二年が過ぎた、
16の時だったかな。

……それからオレは、
彼女に尽くすようになった。

自分の存在意義をちゃんと
理解した、おりこうな
ペットになったってわけ」


「そ…んな………」


言葉が出てこない。


新しい保護者になったはずの
人間と、男女の関係を持った。


それも、まだたった16歳の
若さで。


相手は……計算からすると、
当時で32歳?


(亡くなったお母さんと、
同じ歳じゃない……)


あたしには柚木クンの
ような環境に陥った経験はない。


だけど、もしあったと
しても……あたしには
理解の域を超えた、
信じられない話だった。


_「それじゃあ……あの人の
ことが、好きだからじゃ
ないの……?」


聞いた話なら、そういう
ことになる。


その事実に張り裂けそうな
痛みを感じているあたしを、
柚木クンは冷たいほど
サラリとした笑いで返して、


「美咲の言う“好き”で
言えば、違うね。

オレはただ、自分のやる
べきことをまっとうした
だけだから」


「そんな……そんなの……」


おかしいよ。


好きでもない相手とそんな
理由で関係を持つのも、
それを強要するあの人も。


「あ、誤解しないでね。

オレは別にムリヤリ襲われた
わけでも、脅されたわけ
でもないよ。

それがオレ達のあるべき姿
なんだって、悟っただけだから」


_……わからないよ。

そんな歪んだ、“あるべき
姿”なんて。


心の中では叫びたいほどの
思いが渦巻いてるけれど、
それをうまく口にする
ことはできない。


あたしはただ、唇を噛んで
俯くことしかできなかった。


そんなあたしの様子を
見てか、柚木クンはその後の
ことは簡単にまとめ、短い
説明で済ます。


――柚木クンは、成人する
までずっと、蘭子さんと
その関係を続けた。


成人と同時に後見人の
役目が終わり、同居もやめた。


でも、蘭子さんはそれからも
柚木クンとの関係を続け
たがり……二人は、断続的に
関係を持ち続けてきたらしい。


_「蘭子さんは、もうオレは
自分のものだって思ってるから。

だからオレは、求められれば
いつでも、彼女の元に
駆けつける。

そういう男でいなくちゃ、
怒られるから」


わざと冗談めかしたような
おどけた口調に、また
ズキンと胸が痛んだ。


どうしてあたしは、こんなに
痛い思いをしながらこの
話を聞いてるんだろう?


――わからない。


でも、ひとつだけハッキリ
言えるのは、


「そんな関係……
おかしいよ……!」


ようやくしぼり出すように
そう告げると、柚木クンは
少しだけ目を丸くした。


だけど、すぐに元の感情の
わからない無表情に戻ると、


_「おかしくても――それが
オレ達の望んだ関係
なんだから仕方ないよ」


そう言って、笑う。


“嘲笑う”と言った方が
いいかもしれない。

……そう思ってしまう
ような……なぜかすごく、
悲しい微笑みだった。


(“オレ達の”なんて――
本当なの?

本当に、柚木クンはそんな
関係をこれからも続けたい
の……?)


あたしの胸中を知ってか
知らずか、柚木クンは話の
方向を変えるように、
唐突に言い放つ。


「まぁ、美咲が気にする
ことは何もないよ。

オレ、ここを出て行って
あの人の所に行くつもりは
ないから」


_「えっ……?」


(出て行かない? でも……)


あの人は、『戻って来い』
と言っていた。


柚木クンがあの人のペット
だと言うなら、その言葉は
無視できないんじゃ……。


「今日のは蘭子さんの勘違い。

なんかちょっと、誤解してる
みたいなんだ」


「誤解……?」


「そう。

オレは、蘭子さんの“恋人”
じゃない。

それは彼女も認めてることで、
あの人にも途切れることなく
ちゃんとした恋人はいるから。

オレは、今は放浪の旅に
出てるペット。

どこにいようが、蘭子さんが
好きな時に呼びつけられる
存在なことには変わり
ないんだけど、なんかそれを
忘れてるみたいでさ」


_「……………?」


忘れてるってどういうこと
なんだろう。

曖昧で、何だかよくわからない。


あたしの怪訝な表情は見て
気づいたと思うけれど、
柚木クンはそれには触れる
ことなく、こう続けた。


「オレには最初からわかってる。

だから自分の家も持たないし、
仕事だって……必要なら
ちゃんと役に立てるように、
いつでも準備してるんだ。

これ以上、何を求めるって
言うんだろうな――」


「柚木クン……」


その言葉はもう、あたしに
向けられたものではないと
気づいて。


あたしは何も、言い返す
ことができなかった……。





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