ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
16 ペットとしての、生き方 ~瞬也side~
☆☆☆☆☆
部屋に入ってきた瞬也を、
蘭子は満面の笑みで迎えた。
「おかえり。
戻って来るのは明日じゃ
なかったの?」
こんな夜中でも綺麗に
メイクを施した艶めいた
唇の端が、嬉しそうに
クッとあがる。
電話を入れた時にはまだ
外だと言っていたから、
蘭子も帰って間もないのだろう。
服装も、アイボリーの
上品なスーツ姿だった。
今年41になる蘭子だが、
見た目はとてもそうは見えない。
ピンと張りのある肌に、
大きな瞳とやや厚い唇が
印象的な美貌。
_髪はブラウンに染めた
ロングヘアで、肩辺りから
緩くウェーブしている。
仕事柄か天性かは不明だが、
蘭子は知り合った頃と
変わりなく華麗で美しい、
大人の女だった。
そう――彼女が純粋に
“親代わり”だった時間
など、本当に短かった。
今はもうとうてい、亡き
母親と並べて見ることなど
できない。
「別に早まっても問題は
ないでしょ。
明日は出勤するし、荷物を
持ってくるのもその後だけど」
美咲の所から身ひとつで
出てきたから、今は財布と
携帯以外は何も持っていない。
とはいえ、蘭子の所に
戻るのなら、必要な所持品
など実際には特になかった。
ずっと放浪の旅に付き
合わせている、ファズだけだ。
_「あなたの部屋、そのままよ。
別に荷物なんていらないでしょ」
予想通りの言葉を吐き出し
ながら、蘭子が音もなく
近寄ってくる。
都内の高級マンションの一室。
ここはリビングだが、
美咲の部屋の三倍は広い。
天井のシャンデリアの光が、
蘭子の顔に妖艶な陰影を
落としていた。
「ファズがいるし。
それに、自分で買った物だって
少しは置いときたいんだよ」
断続的に訪れていた場所
だから、今の自分にあった
物が部屋に揃っていることは
知っている。
だがそれらは全て、蘭子に
買い与えられた物だ。
_「……そう。
ファズは元気?
もうすっかりおじいちゃん
犬でしょう」
言いながら、蘭子が体を
擦り寄せ、首に両腕を
まわしてきた。
瞬也はそれを受け止め、
抱擁で答える。
「まだまだ元気だよ」
「そう。それはよかったわ」
短く囁いて、ねだるように
自分を見上げる蘭子に、
瞬也はキスを与えた。
ついばむように何度か唇を
合わせてから、ゆっくりと
隙間を割り、徐々に舌を
絡ませる。
知り尽くしている、彼女の
好きなキス。
「あ……んふっ……」
漏れる息と声が、静かな
広い空間に響いた。
やがて二人は衣擦れの音を
させながらより強く抱き合い、
舌と体を今まで以上に
もつれ合わせる。
_「……行きましょ」
蘭子が目線で示すのは、
ベッドルームへと続くドア。
瞬也は何も答えずに、ただ
そっと蘭子の腰を抱き、
支えるようにそのドアへ
足を向けた。
入った室内はヒーターで
暖められており、その用意
周到ぶりに瞬也は思わず
笑いそうになる。
(……ホントに、好き者)
肉食系女子とは、まさしく
彼女のことを言うんだろう。
そんなことを考えながら、
瞬也は蘭子を糊のきいた
シーツの上に押し倒した。
緊張どころか、なんの
心構えも必要ない。
これは、生活の一部の
ように当然なものとして、
もう何年も繰り返してきた
ことなのだから。
_そう……これが、自分の
するべき奉仕なのだ。
「はっ……んん……!」
丁寧にスーツを脱がし、
ブラウスのボタンを外した
肌に直接触れると、蘭子が
濡れた声を漏らした。
瞬也はさらにその声を
高めるべく、ブラを外して
さらされた乳房に唇をつけ、
指先を脚の方へと這わせる。
「ああ………っ」
中心に指先が触れると、
ピクンと背中を張って
もどかしそうに喘ぐ。
瞬也は何度か指先を滑らせた後、
ためらうことなくずらした
布の隙間からその中へと
潜り込ませた。
粘液質な内側がねっとりと
自分を締めつける。
……よく感じてくれるから、
ありがたい。
正直今夜は、今までで一番、
さっさと終わらせてしまい
たいと思ってるから。
_「――楽しんでね、蘭子さん」
彼女を喜ばせるために、
『好きだよ』と囁いたことも
数え切れない。
けれど今夜は、その言葉を
使う気にはなれなかった。
だから代わりにそう言って。
瞬也は快感にゆがむ蘭子の
顔だけを見て、知り尽くした
彼女の体を、ただ、愛する
ことに集中した――…。
☆☆☆☆☆
_ ☆☆☆☆☆
もう何度目かになる絶頂を
迎えようとしている蘭子を、
瞬也はより深く貫いて一気に
ラストスパートをかける。
「ああっ……瞬也っ」
かすれた声と共に彼女の
細い体が激しくしなり、
繋がった部分にも強い
刺激が加わった。
瞬也はその刺激に身を任せ、
自分も熱いほとばしりを
彼女の中に吐き出す。
はぁはぁと荒い呼吸を
しながら、深くベッドに
沈む蘭子を見下ろして。
その表情が満足げなのを
見てとって、ようやく瞬也も
彼女の隣に体を横たえた。
_「あぁ……やっぱり好きだわ、
イク時の瞬也の顔」
まだ弾む息の中でそんな
ことを言う蘭子に、瞬也は
少しだけ眉をひそめながら、
「またそれ? 顔って、
オレは普通でしょ」
自分はいつも冷静だ。
だから快感も感情も、
ほとんど顔には出て
いないと思うのだが。
「そうよ。だからいいの。
こんなに激しいくせに、
顔だけはキレイにすまし
ちゃって。
でもあなた、イク時だけ
ふるふるって睫毛が震えるのよ。
……それが、いいの」
「……ふぅん」
自分ではそんなことまで
わからないが、ただの
反動じゃないのか。
_さすがに達する瞬間は、
体にも刺激が巡っている。
彼女はよく今と同じことを
言うが、その度に瞬也は
内心でそう思っていた。
「……それより、蘭子さん」
くだらない話題より、
そろそろ話すべきことを
話しておきたい。
瞬也は上半身を起こし、
幾分低く呼びかける。
「ピュアスプリングとの
提携の件。
明日には、ちゃんと――」
「……わかってるわよ。
こちらで誤解があったって
ことにして、当初の計画
通りで問題ないって連絡するわ。
それでいいんでしょ?」
余韻も冷めないうちにこの
話題にされてやや不満そうな
顔をしながらも、蘭子は
キッパリとそう答える。
_「……うん。お願いね」
瞬也は小さく息をついて頷いた。
蘭子はしたたかな女だが、
さすがにこの言葉が嘘と
いうことはないだろう。
自分も、ちゃんと約束は
果たしたのだから。
(――これでいい)
ピュアスプリングは資金難を
打破することができて、
業績安定もほぼ確実だろう。
アドバイザーもカウンセラーも、
今まで通り業務を続けられる。
美咲もチーフにとどまらず、
女課長になるくらいまで
活躍してほしいものだ。
「――だけど、ホントに
どうして?
あなた、将来はいつでも
私の補佐ができるように
ブライダル関係の仕事を
してたんでしょ?
だったら別にあの会社が
うちに吸収されたって、
問題はないじゃない」
_不思議そうな蘭子の声を、
瞬也は適当に聞き流した。
話すつもりはもちろんない。
……自分のものにしたいと
思っていた。
だけど、そうすることで
彼女の笑顔と夢を奪って
しまうなら、手になんて
入らないでかまわない。
その夢を語る笑顔こそが、
自分が彼女を欲した
きっかけなのだから。
「……別に。
なんかそこまで話大きく
なるなら、もういいかな
って思っただけだよ」
成人してからも、蘭子は
瞬也が今まで通り同居して
自分に尽くすことを求めていた。
_けれど、同居解消だけは
譲ることなく訴え、なかば
強引に飛び出したのだ。
“同居解消は自分のけじめ
だから”
“離れても関係は続けるし、
仕事やプライベートで自分が
必要な時は、いつでも
駆けつけるから”と。
渋々認めながらも納得
できていない蘭子は、頻繁に
自分を呼び出し、関係を続けた。
それだけでなく、瞬也が
適当な女との同居を繰り
返しているとわかると、
そのつど住所や相手の情報
まで調べ、ことあるごとに
口を挟んできた。
……気づいていないふりを
しているけれど、知っている。
毎回同居が長く続かないのは、
蘭子が散々自分を呼び出して
不自然な行動をさせたうえで、
密かに同居相手に瞬也の
浮気を匂わせる情報を
流しているからだと。
_(探偵雇って写真送りつけ
たり、わざと目につくように
オレの素行調査したり。
ホントに、よくやるよな)
おかげで自分は、次から
次へと女の家を渡り歩く生活だ。
それでも自分の家を持たない
のは、本当に自分の“家”を
持つと、そこが自分の
居場所だと認識してしまい
そうなのが、怖いから。
それほどまでに、同居を
解消しても、自分は自分の
務めを忘れずにいる。
だが蘭子はそれが理解
できないのか、理解できて
いてもまだ足りないのか。
とうとう、仕事を通じて
瞬也を自分の手元に置く
戦法に移ってきた。
_今回の提携が決まったのは
ホワイト・マリッジからの
アプローチであること、
そしてそれが瞬也が勤める
会社だからこそだという
ことは、以前蘭子が会社を
訪問して会った日に聞いている。
あの日も蘭子は、勤務先も
自分の手中になるのだから、
もういっそ戻ってこいと
話してきた。
だが瞬也がそれを拒絶すると、
より強引な……吸収合併と
いう手に出てきたのだ。
蘭子は美咲のことも瞬也の
胸中も知らないから、単に
いかに自分が力があるかを
誇示したかっただけだろう。
だが、それは思わぬ功を奏した。
_吸収合併は、瞬也には
とても容認できなかった。
それは、自分の一番大切な
ものを失ってしまうことに
なるから。
――迷いはしなかった。
最初は彼女に近づける日が
来るとすら思ってなかったのだ。
最初から、なかったこと
だと思えばいい。
……瞬也は蘭子に、自分が
戻るのを条件に、吸収合併の
話を帳消しにするよう頼んだ。
蘭子は断るはずもない。
あっという間に話は決まり
――そうして今、自分は
ここにいる。
(これで、いいんだ……)
蘭子から完全に離別できない
ことなどわかっていた。
そんな自分に、まともな
恋をする資格がないことも。
_母を失ったあの時、まさか
蘭子が後見人を申し出て
くれるとは夢にも思って
いなかった。
顔も知らない遠縁の家や
施設での窮屈な生活を覚悟
していた瞬也にとっては、
学校も変わらないでいいし
ありがたい話だった。
親切に感謝しながら始めた
同居生活。
さすがに蘭子のことを新しい
母だとまでは思えなかった
けれど、徐々に家族に近い
存在になっていければいいなと。
まだ幼かったあの頃は、
本当に純粋に、そう思っていた。
けれど――やがて、気づく。
蘭子の自分を見る目に宿る、
何かを期待する色に。
_それに気づいた時は、
信じていたものがポロポロと
崩れていくような衝撃を受けた。
まさか自分がそういう
対象として見られているとも
思っていなかったし、
それなら自分を助けて
くれたのは、それが理由なのか?
確かめることはできなかった。
蘭子は理由を聞いても、
答えてくれなかったから。
その日から、瞬也は悩んだ。
自分には蘭子をそういう
目で見ることはできない。
それははっきりしている。
だがそれを伝えると、
蘭子にも見捨てられるかも
しれないという思い。
ここに至るまで数年、面倒を
見てくれたことに対する恩。
_そしてそれらを抱え悩んで
過ごす日々に疲れ――
最終的に出した答えは、
蘭子の望みに答えることだった。
蘭子を抱いたあの夜に、
二人が“家族”になる道は
永遠に閉ざされた。
そうしてそこから始まった、
新たな関係。
それは一種、主従関係と
言ってもいいかもしれない。
赤の他人なのに生活の
面倒を見てくれ、大学まで
行かせてくれる。
その恩の代わりに、自分は
彼女のものとなり、彼女を
抱く。奉仕する。
そうして自分も恩を返して
いると思うことで、後ろ
めたさを感じないように
したかったのかもしれない。
自分は、彼女のペットに
なることを、受け入れた。
_一度始まってしまえば、
もう抜け出すことはできない。
蘭子は喜んで、人並みどころか
それ以上の贅沢もさせてくれた。
そしてその度、瞬也は
借りを返すように、より
いっそう蘭子につくした。
そんなふうに繰り返して
きた連鎖からはそう簡単
には抜け出せないし、何より
もはや自分がある意味では
汚れていることをきちんと
認識している。
同居を解消したかったのは
けじめだ。
だがそれで過去を消せる
わけではないし、蘭子と
完全に離れることも、
とうてい出来ないだろう。
そんなことは、最初から
わかっていた。
_(本来の場所に戻ってきた
だけなんだ。
もう、忘れろ――)
生まれて初めて欲したものも、
感じたことも、
過ごした時間も、全部。
もう、忘れるしかない。
眠りに落ちた蘭子の寝息を
隣で聞きながら、瞬也は
無意識のうちに、グッと
拳を握りしめていた――…。
☆☆☆☆☆
_
部屋に入ってきた瞬也を、
蘭子は満面の笑みで迎えた。
「おかえり。
戻って来るのは明日じゃ
なかったの?」
こんな夜中でも綺麗に
メイクを施した艶めいた
唇の端が、嬉しそうに
クッとあがる。
電話を入れた時にはまだ
外だと言っていたから、
蘭子も帰って間もないのだろう。
服装も、アイボリーの
上品なスーツ姿だった。
今年41になる蘭子だが、
見た目はとてもそうは見えない。
ピンと張りのある肌に、
大きな瞳とやや厚い唇が
印象的な美貌。
_髪はブラウンに染めた
ロングヘアで、肩辺りから
緩くウェーブしている。
仕事柄か天性かは不明だが、
蘭子は知り合った頃と
変わりなく華麗で美しい、
大人の女だった。
そう――彼女が純粋に
“親代わり”だった時間
など、本当に短かった。
今はもうとうてい、亡き
母親と並べて見ることなど
できない。
「別に早まっても問題は
ないでしょ。
明日は出勤するし、荷物を
持ってくるのもその後だけど」
美咲の所から身ひとつで
出てきたから、今は財布と
携帯以外は何も持っていない。
とはいえ、蘭子の所に
戻るのなら、必要な所持品
など実際には特になかった。
ずっと放浪の旅に付き
合わせている、ファズだけだ。
_「あなたの部屋、そのままよ。
別に荷物なんていらないでしょ」
予想通りの言葉を吐き出し
ながら、蘭子が音もなく
近寄ってくる。
都内の高級マンションの一室。
ここはリビングだが、
美咲の部屋の三倍は広い。
天井のシャンデリアの光が、
蘭子の顔に妖艶な陰影を
落としていた。
「ファズがいるし。
それに、自分で買った物だって
少しは置いときたいんだよ」
断続的に訪れていた場所
だから、今の自分にあった
物が部屋に揃っていることは
知っている。
だがそれらは全て、蘭子に
買い与えられた物だ。
_「……そう。
ファズは元気?
もうすっかりおじいちゃん
犬でしょう」
言いながら、蘭子が体を
擦り寄せ、首に両腕を
まわしてきた。
瞬也はそれを受け止め、
抱擁で答える。
「まだまだ元気だよ」
「そう。それはよかったわ」
短く囁いて、ねだるように
自分を見上げる蘭子に、
瞬也はキスを与えた。
ついばむように何度か唇を
合わせてから、ゆっくりと
隙間を割り、徐々に舌を
絡ませる。
知り尽くしている、彼女の
好きなキス。
「あ……んふっ……」
漏れる息と声が、静かな
広い空間に響いた。
やがて二人は衣擦れの音を
させながらより強く抱き合い、
舌と体を今まで以上に
もつれ合わせる。
_「……行きましょ」
蘭子が目線で示すのは、
ベッドルームへと続くドア。
瞬也は何も答えずに、ただ
そっと蘭子の腰を抱き、
支えるようにそのドアへ
足を向けた。
入った室内はヒーターで
暖められており、その用意
周到ぶりに瞬也は思わず
笑いそうになる。
(……ホントに、好き者)
肉食系女子とは、まさしく
彼女のことを言うんだろう。
そんなことを考えながら、
瞬也は蘭子を糊のきいた
シーツの上に押し倒した。
緊張どころか、なんの
心構えも必要ない。
これは、生活の一部の
ように当然なものとして、
もう何年も繰り返してきた
ことなのだから。
_そう……これが、自分の
するべき奉仕なのだ。
「はっ……んん……!」
丁寧にスーツを脱がし、
ブラウスのボタンを外した
肌に直接触れると、蘭子が
濡れた声を漏らした。
瞬也はさらにその声を
高めるべく、ブラを外して
さらされた乳房に唇をつけ、
指先を脚の方へと這わせる。
「ああ………っ」
中心に指先が触れると、
ピクンと背中を張って
もどかしそうに喘ぐ。
瞬也は何度か指先を滑らせた後、
ためらうことなくずらした
布の隙間からその中へと
潜り込ませた。
粘液質な内側がねっとりと
自分を締めつける。
……よく感じてくれるから、
ありがたい。
正直今夜は、今までで一番、
さっさと終わらせてしまい
たいと思ってるから。
_「――楽しんでね、蘭子さん」
彼女を喜ばせるために、
『好きだよ』と囁いたことも
数え切れない。
けれど今夜は、その言葉を
使う気にはなれなかった。
だから代わりにそう言って。
瞬也は快感にゆがむ蘭子の
顔だけを見て、知り尽くした
彼女の体を、ただ、愛する
ことに集中した――…。
☆☆☆☆☆
_ ☆☆☆☆☆
もう何度目かになる絶頂を
迎えようとしている蘭子を、
瞬也はより深く貫いて一気に
ラストスパートをかける。
「ああっ……瞬也っ」
かすれた声と共に彼女の
細い体が激しくしなり、
繋がった部分にも強い
刺激が加わった。
瞬也はその刺激に身を任せ、
自分も熱いほとばしりを
彼女の中に吐き出す。
はぁはぁと荒い呼吸を
しながら、深くベッドに
沈む蘭子を見下ろして。
その表情が満足げなのを
見てとって、ようやく瞬也も
彼女の隣に体を横たえた。
_「あぁ……やっぱり好きだわ、
イク時の瞬也の顔」
まだ弾む息の中でそんな
ことを言う蘭子に、瞬也は
少しだけ眉をひそめながら、
「またそれ? 顔って、
オレは普通でしょ」
自分はいつも冷静だ。
だから快感も感情も、
ほとんど顔には出て
いないと思うのだが。
「そうよ。だからいいの。
こんなに激しいくせに、
顔だけはキレイにすまし
ちゃって。
でもあなた、イク時だけ
ふるふるって睫毛が震えるのよ。
……それが、いいの」
「……ふぅん」
自分ではそんなことまで
わからないが、ただの
反動じゃないのか。
_さすがに達する瞬間は、
体にも刺激が巡っている。
彼女はよく今と同じことを
言うが、その度に瞬也は
内心でそう思っていた。
「……それより、蘭子さん」
くだらない話題より、
そろそろ話すべきことを
話しておきたい。
瞬也は上半身を起こし、
幾分低く呼びかける。
「ピュアスプリングとの
提携の件。
明日には、ちゃんと――」
「……わかってるわよ。
こちらで誤解があったって
ことにして、当初の計画
通りで問題ないって連絡するわ。
それでいいんでしょ?」
余韻も冷めないうちにこの
話題にされてやや不満そうな
顔をしながらも、蘭子は
キッパリとそう答える。
_「……うん。お願いね」
瞬也は小さく息をついて頷いた。
蘭子はしたたかな女だが、
さすがにこの言葉が嘘と
いうことはないだろう。
自分も、ちゃんと約束は
果たしたのだから。
(――これでいい)
ピュアスプリングは資金難を
打破することができて、
業績安定もほぼ確実だろう。
アドバイザーもカウンセラーも、
今まで通り業務を続けられる。
美咲もチーフにとどまらず、
女課長になるくらいまで
活躍してほしいものだ。
「――だけど、ホントに
どうして?
あなた、将来はいつでも
私の補佐ができるように
ブライダル関係の仕事を
してたんでしょ?
だったら別にあの会社が
うちに吸収されたって、
問題はないじゃない」
_不思議そうな蘭子の声を、
瞬也は適当に聞き流した。
話すつもりはもちろんない。
……自分のものにしたいと
思っていた。
だけど、そうすることで
彼女の笑顔と夢を奪って
しまうなら、手になんて
入らないでかまわない。
その夢を語る笑顔こそが、
自分が彼女を欲した
きっかけなのだから。
「……別に。
なんかそこまで話大きく
なるなら、もういいかな
って思っただけだよ」
成人してからも、蘭子は
瞬也が今まで通り同居して
自分に尽くすことを求めていた。
_けれど、同居解消だけは
譲ることなく訴え、なかば
強引に飛び出したのだ。
“同居解消は自分のけじめ
だから”
“離れても関係は続けるし、
仕事やプライベートで自分が
必要な時は、いつでも
駆けつけるから”と。
渋々認めながらも納得
できていない蘭子は、頻繁に
自分を呼び出し、関係を続けた。
それだけでなく、瞬也が
適当な女との同居を繰り
返しているとわかると、
そのつど住所や相手の情報
まで調べ、ことあるごとに
口を挟んできた。
……気づいていないふりを
しているけれど、知っている。
毎回同居が長く続かないのは、
蘭子が散々自分を呼び出して
不自然な行動をさせたうえで、
密かに同居相手に瞬也の
浮気を匂わせる情報を
流しているからだと。
_(探偵雇って写真送りつけ
たり、わざと目につくように
オレの素行調査したり。
ホントに、よくやるよな)
おかげで自分は、次から
次へと女の家を渡り歩く生活だ。
それでも自分の家を持たない
のは、本当に自分の“家”を
持つと、そこが自分の
居場所だと認識してしまい
そうなのが、怖いから。
それほどまでに、同居を
解消しても、自分は自分の
務めを忘れずにいる。
だが蘭子はそれが理解
できないのか、理解できて
いてもまだ足りないのか。
とうとう、仕事を通じて
瞬也を自分の手元に置く
戦法に移ってきた。
_今回の提携が決まったのは
ホワイト・マリッジからの
アプローチであること、
そしてそれが瞬也が勤める
会社だからこそだという
ことは、以前蘭子が会社を
訪問して会った日に聞いている。
あの日も蘭子は、勤務先も
自分の手中になるのだから、
もういっそ戻ってこいと
話してきた。
だが瞬也がそれを拒絶すると、
より強引な……吸収合併と
いう手に出てきたのだ。
蘭子は美咲のことも瞬也の
胸中も知らないから、単に
いかに自分が力があるかを
誇示したかっただけだろう。
だが、それは思わぬ功を奏した。
_吸収合併は、瞬也には
とても容認できなかった。
それは、自分の一番大切な
ものを失ってしまうことに
なるから。
――迷いはしなかった。
最初は彼女に近づける日が
来るとすら思ってなかったのだ。
最初から、なかったこと
だと思えばいい。
……瞬也は蘭子に、自分が
戻るのを条件に、吸収合併の
話を帳消しにするよう頼んだ。
蘭子は断るはずもない。
あっという間に話は決まり
――そうして今、自分は
ここにいる。
(これで、いいんだ……)
蘭子から完全に離別できない
ことなどわかっていた。
そんな自分に、まともな
恋をする資格がないことも。
_母を失ったあの時、まさか
蘭子が後見人を申し出て
くれるとは夢にも思って
いなかった。
顔も知らない遠縁の家や
施設での窮屈な生活を覚悟
していた瞬也にとっては、
学校も変わらないでいいし
ありがたい話だった。
親切に感謝しながら始めた
同居生活。
さすがに蘭子のことを新しい
母だとまでは思えなかった
けれど、徐々に家族に近い
存在になっていければいいなと。
まだ幼かったあの頃は、
本当に純粋に、そう思っていた。
けれど――やがて、気づく。
蘭子の自分を見る目に宿る、
何かを期待する色に。
_それに気づいた時は、
信じていたものがポロポロと
崩れていくような衝撃を受けた。
まさか自分がそういう
対象として見られているとも
思っていなかったし、
それなら自分を助けて
くれたのは、それが理由なのか?
確かめることはできなかった。
蘭子は理由を聞いても、
答えてくれなかったから。
その日から、瞬也は悩んだ。
自分には蘭子をそういう
目で見ることはできない。
それははっきりしている。
だがそれを伝えると、
蘭子にも見捨てられるかも
しれないという思い。
ここに至るまで数年、面倒を
見てくれたことに対する恩。
_そしてそれらを抱え悩んで
過ごす日々に疲れ――
最終的に出した答えは、
蘭子の望みに答えることだった。
蘭子を抱いたあの夜に、
二人が“家族”になる道は
永遠に閉ざされた。
そうしてそこから始まった、
新たな関係。
それは一種、主従関係と
言ってもいいかもしれない。
赤の他人なのに生活の
面倒を見てくれ、大学まで
行かせてくれる。
その恩の代わりに、自分は
彼女のものとなり、彼女を
抱く。奉仕する。
そうして自分も恩を返して
いると思うことで、後ろ
めたさを感じないように
したかったのかもしれない。
自分は、彼女のペットに
なることを、受け入れた。
_一度始まってしまえば、
もう抜け出すことはできない。
蘭子は喜んで、人並みどころか
それ以上の贅沢もさせてくれた。
そしてその度、瞬也は
借りを返すように、より
いっそう蘭子につくした。
そんなふうに繰り返して
きた連鎖からはそう簡単
には抜け出せないし、何より
もはや自分がある意味では
汚れていることをきちんと
認識している。
同居を解消したかったのは
けじめだ。
だがそれで過去を消せる
わけではないし、蘭子と
完全に離れることも、
とうてい出来ないだろう。
そんなことは、最初から
わかっていた。
_(本来の場所に戻ってきた
だけなんだ。
もう、忘れろ――)
生まれて初めて欲したものも、
感じたことも、
過ごした時間も、全部。
もう、忘れるしかない。
眠りに落ちた蘭子の寝息を
隣で聞きながら、瞬也は
無意識のうちに、グッと
拳を握りしめていた――…。
☆☆☆☆☆
_