ギミック・ラブ ~年下小悪魔の上手な飼い方~《完》
17 取り残された心の、扱い方
     ☆☆☆☆☆



柚木クンは連絡もないまま、
始業10分前に始まる朝礼に
遅刻してきた。


『すみません』とだけ謝って
途中参加した柚木クンは、
朝礼が終わるとすぐに
大竹課長の席に歩み寄る。


奈々は少し驚いた顔をした
けれど、遅刻の理由を説明
しに行ったと思ったようだ。

『何かあったのかな?』と、
軽く首をかしげただけだった。


だけどあたしは、周囲を
気にしながらも、彼の姿を
目で追わずにはいられない。


夕べは一睡もできなかった。

柚木クンの残していった
言葉が、今も頭の中で巡ってる。


_(柚木クン……)


蘭子さんのこと、
ホワイト・マリッジのこと。

そして、彼の気持ち。


……あの言葉は全部、本当なの?


本当に――キミはもう、
あの人の所へ行って
しまうの――…?


「……………っ!」


柚木クンと二言三言言葉を
交わした課長が立ち上がった。

そうして二人は、併設
されてる小さな打ち合わせ
ルームへと入っていく。


奈々と同じように遅刻の
謝罪をしているだけだと
思っていた周りの社員が、
『おや?』という顔で
それを見ていた。


(本当に……?)


辞表を出すと言っていた
柚木クン。

不安が現実味を増して、
心を波立たせる。


_……それからしばらく、
課長と柚木クンは部屋を
出てこなかった。


二人を気にしながらも、
こちらは仕事を始めないと
いけない。


お客様を迎える時間になり、
接客に入る部下を送り出し。

オフィスには、チーフと
数人の社員が残るだけになった。


静かになった空間で、
あたしは成績管理用の
書類を手にしながらも、
落ち着かない。


よほど態度に出ていたのか、
隣からおもむろに声がかかった。
――奈々だ。


「どうしたの、美咲?」


「えっ!?」


ビクッと肩を弾ませた
あたしに、奈々はさらに
怪訝な顔をして、


「なんか様子変だけど。
体調でも悪い?」


_「……そんなことないよ」


「そう? 大丈夫?」


「―――うん」


黙っていてもわかるほど、
あたしは動揺してるんだ。

改めて、その事実を認識した。



――やがて20分ほどで、
大竹課長と柚木クンは
揃って打ち合わせルーム
から出てきた。

そして、二人で課長の
席へと歩いていく。


席に戻ると課長は座らずに
椅子の前に立ち、デスクの
隣に柚木クンを立たせた。


そして――…。


「みんな、ちょっと聞いてくれ。

急なんで、今残っている者
だけになるが、話がある」


「………………!」


_予感がどんどん確信へと
変わっていく。


破裂しそうなほどドクドクと
鳴る心臓を抑えようもない
あたしの耳に、とうとう
課長の次の言葉がねじ込まれる
ように入ってきた。


「柚木君が、本日付で
退社することになった。

急なことだが、やむを
得ない家庭の事情だそうだ」


『やっぱり』。

そう思うのと同時に、
不思議な錯覚を感じる。


そうまるで、歩いてた足場が
急になくなって、真っ暗な
闇の中に落ちてしまったような。


(本当に――…)


『えーっ?』とあがる
驚きの声と、それをなだめる
課長の声。

そして課長が、柚木クンに
一言挨拶するように言った。


_「唐突で申し訳ありませんが、
課長のご説明どおりです。

短い間でしたが、お世話に
なりました」


無感情な、書かれたセリフを
読み上げてるかのような
挨拶だった。


その間柚木クンの目は低い
床の上を見つめるだけで、
仕事仲間の誰の顔も見ていない。


あたしと視線が重なる
ことも、当然なかった。


挨拶はそれだけで終わり、
課長が柚木クンは準備出来
次第出ていくということを
伝える。


席に戻った柚木クンに、奈々が

『ビックリした! 柚木クン
みたいな優秀な子がいなく
なんのはきついよー!』

と言って歩み寄った。


_だけどそれ以外に彼に
話しかける人はいない。

異端児だった彼には、
親しい人間は一人もいない。

元から近寄りがたい雰囲気を
かもし出しているうえに
“家庭の事情”だなんて
説明だったから、みんな
詮索するのも敬遠してるん
だろう。


柚木クンは奈々にも
『すみません』とだけ
謝って、机の中の荷物を
整理し始めた。


苦笑しながら、奈々は
全員を代表するように
大きな声で言う。


「まぁ仕方ないよね。

何はともあれ、お疲れ様!」


柚木クンは無言で頷いて、
黙々と片付けをしていた。

社外秘の教材や書類は全て
課長に返却し、私物は大きな
紙袋に詰めていく。


_やがて荷造りを終えた柚木
クンは、荷物を持って課長の
席に移動し、


「終わりました」


「ああ。手続き関係の
書類は、後日人事課から
郵送されるだろう。

本当に残念だが……
これからも、しっかりやれ」


「はい」


課長に頭を下げる柚木クン。


顔を上げるとクルリと振り
返り、オフィスに残った
面々を見るともなく
見渡してから、


「――お疲れ様でした。

失礼します」



そうして柚木クンは、紙袋と
バッグを両手に提げて、
オフィスを出ていった。


さすがにあっけないと
思ったのか、奈々がツツッと
移動し、課長に小声で
話しかける。


_「課長。急いで買って餞別
渡すとか、見送りくらい
してもよかったんじゃない
ですか?」


「そう言ったんだが、柚木が
どちらもやめてくれって
言ったんだよ」


「そうなんですか……」


『まぁあの子なら言いそうね』

そう呟きながら、奈々は
席に戻ってきた。


寂しそうなのは、課長と
奈々だけだ。

でもきっとそれも、彼が
いなくなることに対してと
言うより、“優秀な部下が
いなくなる”ことに対して。


他の社員達は、驚きも
あるんだろうけれど、
みんなキョトンとした顔を
しているだけだった。


_――夢みたいだ。


こんなにあっけなく、
そっけなく。


柚木クンは、本当に辞めて
しまった。いなくなった。


昨日までここにいるのが
当然だったのに――もう、
彼の席はない。

彼はもう、ここの人間じゃない。


(ウソでしょ――…?)


胸を支配する苦さを懸命に
隠して、あたしはその日も
精一杯仕事をした。


柚木クンがいなくなった
からと言って、あたしが
戸惑う顔も落ち込む顔も
できない。


会社でのあたし達は、
チームすら違うただの仕事仲間。

秘密の関係は、誰一人として
知らないんだから。


_いつもと同じことをする
一日だったのに、激しく疲れ……

疲労困憊で帰ってきた
あたしを迎えたのは、
綺麗に片付いた部屋。


柚木クンが使っていた布団は
たたまれ、布団ケースに
入れてある。


段ボールと古い毛布で
作ったファズの寝床も、
跡形もなく片付けられていた。

寝床の主も、当然いない。


テーブルやソファの上に
置いてあった柚木クンの
私物も、もうどこにもない。


文庫本、雑誌、ブランケット……
あ、ここにはよく、携帯を
置いてたっけ。


だけどその位置に代わって
置かれていたのは、小さな
メモ紙。


手に取って見ると、短く
『鍵は郵便受けの中』
とだけ書かれていた。


_別れの言葉すらない、
無機質な手紙。


たった……たったこれだけ?


本当にこんなにあっさりと、
あなたはここを出ていくんだ?


突然やって来て、無理矢理
住み着いて。

散々あたしに、迷惑かけて
おきながら――。


「……最低っ……!」



初めて、涙が流れた。


彼がいなくなったことで
あたしが流す、初めての涙。


その熱い雫の意味を、
自分でもわからないまま。


あたしは彼が残したあまりに
悲しいラストメッセージを
握りしめて、声を殺して
泣き続けた……。





     ☆☆☆☆☆


_     ☆☆☆☆☆



◆瞬也side◆



「ピュアスプリングに
連絡したわよ。

胸を撫で下ろしてたって感じ」


「そう。――ありがと」


努めてさりげなく答え
ながらも、瞬也も内心では
ホッと胸を撫で下ろしていた。


蘭子はきちんと約束を
果たしてくれた。

これでもう、心配する
ことは何もない。



――ここは、ホワイト・
マリッジ本社内にある社長室。

広い部屋は、蘭子の好みに
あった高級な調度品が
揃えられている。


美咲の家で荷物をまとめた
瞬也は、その足でまっすぐ
ここへやって来た。


_蘭子がしっかり人払いを
しているようだから、今は
瞬也が足を投げ出して
ソファを占領している。


ケージから出してやった
ファズが、元気にその足に
じゃれついてきた。



「それにしてもあなた、
家庭の事情なんて大嘘ついて
辞めてきたって?」


蘭子が呆れ声で言って
ソファの背後に立ち、首に
腕をまわしてくる。


瞬也は幾分不服そうに
言い返した。


「だってさすがにこれだけ
急だと、それなりの言い訳が
必要だろ」


大竹課長には、いもしない
“父親”が危篤だくらいの
ことを匂わせ、“実家”に
帰ると言った。


(ま、ある意味ホントに
“実家”だしね)


_皮肉な笑みを浮かべる
瞬也に気づかずに、蘭子は
背後からさらに体を
擦り寄せながら、


「それじゃあ、すぐに
うちの社員として表に出る
わけにはいかないわね。

まぁ、私もしばらくは研修が
必要かなって思ってたけど」


「支店長なんて重大な
ポスト頂いちゃうんだしね」


「瞬也は頭がいいもの、
問題ないでしょうけど。

やっぱり、これからしばらくは
ここで私が個人指導して、
支店長になるためのお勉強
期間ね」


「――ハイハイ、頑張るよ」


笑い混じりに答えながら、
思っていた。


――個人指導という名の、
ていのいい軟禁だ。

今度はここで、彼女に
飼い馴らされるのだなと。


_(ま、家や社長室で蘭子
さんの相手と留守番してる
だけで生活できるなら、
楽なもんか)


そうすれば、ほとぼりの
冷めた頃には支店長。


こんなにおいしい話はない
じゃないかと、瞬也は心の
中で呟いた。

自分自身に、そう
言い聞かせるように。





―――――――…
――――――…
―――――…
――――…


_

そうして夜には、
また彼女に奉仕をする。


いつの間にか、演技は
プロ級と言っていいほどに
うまくなった。


彼女は気づかない。自分が
本当は少しも熱くなって
いないことも、頭の中では
彼女を満足させることだけを
考えて、バカがつくほど
冷静なことも。


ただ彼女は、与えられる
快感に溺れ、歓喜している。


本当に……彼女は、
何が欲しいのだろう?


蘭子を抱きながら、瞬也は
もう何度そう思ったかしれない。


どれだけ抱いても、心が
彼女に傾くことはない。


引き取って養ってくれた
恩に答え、そこにいる
大義名分が欲しかったから、
こうなることを受け入れた。


_ただ自分は、誰にも借りを
作らずに、スマートに
生きていきたかったからだ。


自分を育てるために母親が
随分苦労しているのを
知っていた。

父親がいない子供という
ことで、母親や祖父母が
白い目で見られたことが
あるのも知っていた。


自分の存在が、周りの人間に
負担をかけていることを
わかっていたから――

母を失ったあの頃、
これからは周囲に迷惑も
負担もかけずに、静かに
生活していきたいと思った。


だから、蘭子がこういう
関係を求めているなら、
それに答える。


けれどそれは、ある意味
契約だとか、交換条件と
言っていいほど儀式的な
もので、一瞬たりとも、
瞬也は心まで蘭子のものに
なったつもりはないのだ。


_彼女がそれでいいなら
自分はかまわないが、
本当に、彼女は何を
求めているのか?


わからないまま肌を重ねる
時間は相変わらずちゃちな
芝居のようだと思いながら、
瞬也はまた、激しく蘭子を
あおった。

そろそろ終わりにしよう。


「あぁ……っんっ。
ダ、ダメェッ……!!」


叫びに近い声をあげながら、
蘭子がビクビクと体を震わせる。


そして……ただ果てる
だけでなく、そのまま
グッタリと四肢を投げ出して、
おとなしくなってしまった。


「――蘭子さん?」


自分も達し、その波が
ひいてから、そっと蘭子に
顔を近づけ確かめる。

蘭子はあまりの快楽にか、
気を失ってしまったようだった。


_「……マジ? 
ちょっとイジメすぎたか」


今日の蘭子はいつも以上に
貪欲で、何度もねだったから、
答えてやったつもりなのだが。


「ま、これなら文句なしで
満足でしょ」


蘭子は何に対しても貪欲で
肉食な女。

満足させる方も一苦労だと
思いながら、瞬也は静かに
蘭子から離れ、その体に
柔らかな布団をかけてやった。


部屋は暖められているが、
熱の引き始めた肌は急速に
冷えていっている。


わずかな寒さを感じた瞬也は、
服を身につけようと
ベッドを降りた。


床に脱ぎ散らかしてある
肌着と、蘭子に与えられた
瞬也にとっては辟易する
趣味の、艶めいた生地の
ナイトガウンを羽織る。


_倦怠感が体を支配していて、
何をする気にもならなかった。

とはいえ、眠りたい
わけでもない。


蘭子はすぐには目覚めない
だろう。

そう思った瞬也は、壁際に
置かれたキャビネットに
歩み寄った。


蘭子の私物が入っている
物だが、その右端の小さな
引き出しを音を立てない
ように注意して開ける。

取り出したのは、蘭子の
予備のタバコケースと
ライターだった。


「ちょっとだけ、拝借」


小さく声に出して、中から
一本取り出し口に運ぶ。


蘭子は、自分はスモーカーの
くせに、瞬也が吸うことは嫌う。


だからおおっぴらには
吸わないが、瞬也だって
たまには吸いたくなる時が
あった。


_こんなけだるい気分の時が、
まさにそうだ。


散々喜ばせてやったんだから
これくらいいいだろうと
開き直り、瞬也は薄く窓を
開けた窓際でタバコを吸った。


最後は桟の隅で火を消し、
ポイと窓の外に投げ捨てる。


おまけでもう一本吸ってから、
タバコとライターをしまう
ため、再びキャビネットに
歩み寄った。


いくら何でも気づかないとは
思うが、万が一を考えて
極力元あった配置を思い
出して、注意深くそれらを
片付けていたら――…。


「…………ん?」


ふと、指先が見慣れない
物に触れて、瞬也は動きを
止める。


_もちろん見慣れないとは
言っても、そうしょっちゅう
こんなふうにタバコを拝借
していたわけではない。

前にここを開けたのは、
もう一月以上も前だろうか。


だがそれでも、こんな目立つ
位置にこのような物が
あるのは、間違いなく
初めてだった。


もしかしたら下の方に
しまってあったのを、蘭子が
取り出して、位置が
変わったのか……?


(ずいぶんアンバランスだな。

一体何だ?)


悪趣味だとはわかっていても、
つい興味をひかれてそれを
手に取った。


触ると古さのためか少し
湿っぽいと思えるそれは、
名刺より一回り大きい
サイズの、俗に言う
“定期ケース”。


_今の蘭子が持つとは到底
思えない、キャラクターの
絵が描かれた赤が基調の
デザインだ。

使い込んだ感といい、
こうしてしまってあった
ことといい、学生時代に
使っていた物なのかもしれない。


(何だってこんな物を……?)


そう思いながら何気なく
二つ折りの中を開いて――
次の瞬間、瞬也は驚きに
目を見開いた。


「これは――…」


もう何十年も前に切れている
色あせた定期と共に、視界に
飛び込んできたもの。


それは――見開きにした
定期とは反対側の面に
挟まれている、一枚の写真。


_制服姿の数人の男女が、
肩を組んだり身を寄せて、
笑顔で写っている。

仲のいい仲間達と撮った、
若かりし日の光景という
感じだった。


しかし学生にしては、全員
髪の色がやたら明るく、
女子はメイクもきつい。
制服もかなり着崩している。

学生は学生でも、頭に
“不良”とつくようだ。


だが、瞬也の目をひいた
のはそんなことではない。


驚きの理由は、そこに
写っている五人の中に、
三つもよく見知った顔が
あったことだ。


――まず、前列の真ん中。
カメラ目線で笑う、整った
顔立ちの少女。


彼女の顔を見間違うはずもない。
自分の知る面影がそこにある。


それは……今は亡き、
瞬也の母親だった。


_そしてその右隣にいる、
ショートカットの少女。

これは気づくまでに一瞬
かかったが、どうやらこの
少女が蘭子のようだ。


写真の中の蘭子はカメラには
目を向けておらず、なかば
首を捻って斜め上を向き、
照れたような笑顔を見せている。


どうやら後列にいる男子が、
彼女の肩に腕を回している
のが原因らしい。


その男子は両手をそれぞれ
瞬也の母と蘭子の肩に
回しており、いかにも仲の
いい三人という光景だった。


そして――最も驚いたのは、
その、後列の男子の顔。


不思議な気分だ。


その男子は髪の色こそ違えど、
顔のパーツはほとんどが、
瞬也と区別がつかない
くらい、同じなのだから。


_(てゆーか、オレじゃん……)


オレがヤンキーやってれば、
こんなだったのか。


冗談のようにそう考えながら、
瞬也はようやく、長年の
謎が解けたと思っていた。


「そういうことか……」


ここまで自分と瓜二つで、
気づかないわけがない。


つまり――この自分そっくりの
男子が、母親のかつての
恋人で、身篭ったとわかると
情けなく逃げた、自分の
父親なのだろう。


そして、彼に触れられ、
恥ずかしそうに動揺している
様子の蘭子。

彼女の表情には、明らかに
彼に対する恋慕が伺える。


「そういうことなら、
言ってっての――」


_蘭子が見ていたのは、
自分ではなかったのだ。


蘭子が自分を通して見て、
求めていたのは――写真の
中の、彼。


(無責任に逃げたような
男なんだぜ?)


それでもきっとこの当時
から、蘭子はこの男のことが
好きだったのか。

先輩である、瞬也の母親の
彼氏だとわかっていても。


そして、その後の彼女達に
どんなことがあったのかは
わからない。


が、こうしてこの写真を
大切に保管しているところを
見ると、瞬也の母親が
捨てられた後、蘭子が
後釜におさまったという
こともないようだ。


やがて大人になって母親と
蘭子が再会した時に
出会ったのは、かつての
思い人の血を受けた、彼に
瓜二つの少年。


_(そっくりなら息子でも、
他の女との子供でも
いいってのか?

まったく、女の考えは
マジでわかんないな)


ため息が漏れる。


今夜の蘭子がいつも以上に
熱かったのも、もしかしたら
直前にこの写真を見ていた
からかもしれない。


「勘弁してよ――…」


どのような理由であれ、
引き取って養ってくれた
ことへの恩は感じていた。

だからこそ、理想の
ペットを演じてきたのに。


(まさか、昔の実らなかった
恋の埋め合わせをさせられ
てたとはね……)


自分は、体よく利用されていた。


その事実に、今まで感じた
ことのないような無力感が
押し寄せた。


_(それじゃあ、満足できる
はずもないよな)


どれだけ情熱的に抱き愛の
言葉を囁いてやっても、
結局は自分は偽物でしか
ないのだから。


自分の奉仕に蘭子が満足
する日など、永遠に
来ないということだ。


「やっぱりオレは、一生
ペットの運命ってことか――…」


もっと早くに気づいて
いればよかった。

そう……彼女を抱いて
しまった、16歳の時よりも前に。



―――だけどもう、遅い。



……もう一度、深い
ため息をついて。


瞬也は定期ケースを
引き出しに戻し、そっと
その扉を閉めた……。





     ☆☆☆☆☆


_
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