HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
バスローブを着せられて、あたしは有無を言わさずそのままリビングに引っ張っていかれた。
保健医はどこからか消毒液やら包帯やらを出してきて、あたしの手を掴みながら覗き込む。
「ったく、お前何やってんだよ」
その質問三回目。と、ぼんやりと保健医の手当てを眺めているあたし。
でも保健医の質問に何て返せばいいか分からなかった。
「傷はそう深くないようだ。縫うほどでもないが、一度病院行った方がいい」
「あたしの目の前に医者が居るじゃん。大丈夫だよ」
「あのなぁ、俺は外科じゃねぇし、そもそも外科医だって見ただけじゃわかんねぇよ。レントゲンとかで確認しなきゃな」
保健医は忌々しそうに顔を歪める。
「今……何時?」
何となく聞いてみると、
「朝の6時前」とそっけない返事がかえってくる。
「ねぇ“ファム・ファタル”って名前聞いたことない?」
あたしはさっき、鏡の中の“自分”が言っていた言葉を思い出してさりげなく保健医に聞いてみた。
「何それ。フランス映画の俳優か?」
「違うと思う。でも発音的にフランス語っぽいよね」
「それがどうしたんだよ」
保健医はイライラしながら、それでも手際よくあたしの手に包帯を巻きつけていく。
だてに医者をしてるわけじゃないか。
だけどその手を止めて、保健医は吊り上げていた眉をほんの少しだけ下げた。
「なぁ鬼頭。言いづらいんだが……お前―――」
保健医が顔を上げる。
あたしは足元で屈んだまま手当てをしてくれている保健医を無表情に見下ろした。