HYPNOTIC POISON ~催眠効果のある毒~
僕と雅がすれ違うとき、僕は雅の腕を取り、彼女の顔にそっと自分の顏を寄せた。雅がほんの少し頬を赤くして目を上げる。雅のヒプノティックプワゾンの芳しい香りを間近に感じて、
随分久しぶりで懐かしい香りだ、と感じた。
「君の作戦は理解できたけど、気が進まないのは事実だ」
「……うん、そうだよね」雅は小さく頷き目を伏せる。「でもこれが最初の一手に勝つ方法」
「分かってる…」僕はより一層顔を近づけ、内緒話をするように口元を隠し、雅にしか聞こえない声で僕の……想ってる気持ち…全てを伝えた。
その話を聞いて雅は一瞬だけ目を開いたものの、すぐにちょっと微笑を浮かべ
「うん」と嬉しそうに頷いた。
その不自然なやりとりをあまり気にしていなかったのか、或はそんな余裕がなかったのか梶田がせっかちに
「それじゃ俺、鬼頭を送り届けたら“店”に向かうから」
“店”と言うのが何なのか―――それは後ほど。
今度こそ雅が教室を出て行く瞬間、彼女の指の先が僕の手の先にそっと触れた。
相変わらず冷たい指先だったが、驚くほど柔らかくてスベスベしている。
彼女の指がそっと僕の指に絡んできて、僕もそれをそっと握り返した。
僕たちが二人で会話するのはまだ時期的にマズイことだが―――
こうやって誰も知らないところで二人だけの秘密を繋ぐように、手を絡ませることは
許されることだろうか。
もし神様が居るのならこの一瞬とも呼べる時間を永遠に変えて―――彼女の手をずっとずっと握って居たい。
もし許されるなら―――
けれど神様なんて実際居なくて、一瞬の時間は一瞬で過ぎて行く。
「それじゃ先生」
雅が悲しそうに眉を寄せ、僕の視線を振り切るように髪を払い今度こそ立ち去っていく。
ヒプノティックプワゾンが―――遠ざかっていく。
あとに残されたのは僕と―――久米二人。