揺れない瞳
病院を出たあと、芽依ちゃんの家に送り届けるか、実家である俺の家に連れて帰るか悩んだ。
夏基さんがいない夜、病気の赤ちゃんと二人きりは不安だろうし、芽依ちゃんもゆっくりしたいはず。
運転しながら軽く聞いてみると、一瞬間があいた。
その妙な間が気になってバックミラー越しに芽依ちゃんを見ると、ほんの少し硬い表情で俺を見ていた。
「今日は、高橋の家に行く事になってるから……そっちに送ってもらえると嬉しい」
言いづらそうな口調が、俺を傷つけるってわかってないんだろうな。
高橋の家に行く事を俺が止めるわけないのに。
芽依ちゃんにしてみれば、お兄さんが住んでいるもう一つの実家なんだ。
俺に遠慮なんてしなくていいのに。
芽依ちゃんはいつも、『高橋の家』と言って視線を落とす。
俺や母さんに気を遣っての仕草さえ、逆に苦しく思うのに。
そんな俺の負の想いを出さないように気を付けて、いつもと同じように聞こえるよう気を付けて。
「了解。15分くらいで着くから、それまで寝てていいよ」
何も傷ついてないふりをするのにも慣れて、平気な表情平気な声。
意識的に上げた口角で、芽依ちゃんに本心を悟られないようにやり過ごすのにも慣れた。
半分しか血が繋がっていない現実が、俺から芽依ちゃんを奪っていく感覚。
母さんは同じでも、芽依ちゃんの本当のお父さんは俺の父さんとは違う。
母さんが再婚した事によってこの世に生まれた俺。
その現実によって、芽依ちゃんは不安定な人生を背負ってきたんだ。