揺れない瞳
「今日僕が来たのはね、そろそろ結ちゃんがお父さんと会ってみてははどうかと、言いにきたんだよ」

「え……」

穏やかな笑顔のままで、あっさりと言う戸部先生に、どう答えていいのかわからない。これまで、父との関係を修復させようと、戸部先生が故意に努力する事なんて今までなかったのに。突然の言葉は驚き以外にない。

「驚くのも無理はないけど、僕だって結ちゃんが幸せになるにはどうすればいいのか色々考えてるんだよ。
結ちゃんがどう拒んだって、お父さんはずっと結ちゃんを取り戻したいって思っているし諦めないと思うよ」

「……そんな、今更言われても……私、どうすればいいのかわからない」

「わからないなら、一度会ってごらん。何かがわかるかもしれないよ」

「でも、どうして今頃、会いたいって……」

「今頃じゃないんだよ。ずっと、お父さんは結ちゃんに会いたいって思っていたし近くにいたいって願っていたんだよ」

諭すようなゆっくりとした口調だけど、どこか逃げる事を認めないような強い声からは、私が拒否する事を許さない雰囲気も感じられる。
小さな頃から、施設の子供達を気にかけてくれる優しいおじさんというイメージだった戸部先生が、今みたいに強い瞳で言い切る事なんて滅多になかった。

それだけ戸部先生の気持ちは本気なんだろう……。
どうしても、私が父に会うように説得するつもりなんだとわかる。

「私……父を拒否しつつも父の保護の元で生きているのがつらくて……でも、父から完全に離れる事はできなくて……」

数日前の夜、父から届いたメールを思い出すと、瞳の奥が熱くなる。

『他の誰でもない結乃と会いたい』

私を求めてくれている父からの魔法のような言葉が体中をこだまする。
ぐっと噛みしめる唇の痛みすら麻痺するくらいに、気持ちは大きく揺れる。
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