揺れない瞳
「結ちゃん、お父さんと話してごらん。子供の時には知る事の出来なかった事がわかるかもしれないよ。……もしかしたら、結ちゃんが傷つく事を知ってしまうかもしれないけど、今なら自分で消化できると思うんだ。
だから、会ってごらん」

そっとわたしをうかがうような視線の奥には、私を心配している昔からの温かな光も見える。孤独と寂しさを隠しながら生きていた私をいたわり続けてくれた光が見える。

「先生は……何か知ってるんですか?」

「さあ……どうだろうね。でも、お父さんとは何度か会ってるから、結ちゃんよりはお父さんの気持ちは分かってるかもしれないね。それに、僕だって父親だから、子供に会いたい気持ちはわかるんだ」

「……私」

会うか会わないか。

これまで抱えていた父を拒む強い気持ちを簡単にほどくことはできないし、会う事自体怖いとも思える。
既に新しい家庭を持っている父と会っても、更に孤独を感じる事になるかもしれないという不安は捨てきれない。

会う事によって、今よりも父との距離が広がって、お互いに傷ついてしまわないか、不安でたまらない。

「私は……会いたい気持ちがないわけじゃないんですけど……」

「怖いんだろ?」

「え?」

「大丈夫だよ。お父さんが結ちゃんを大切に思ってる事だけは保証するから。勇気を出して会ってごらん」

笑った時にできる目元の深いしわは、戸部先生の思いやりの深さ。
私を心から大切に思ってくれている証拠。
小さな頃から見慣れているそのしわをぼんやりと見ながら、少しずつ私の気持ちの揺れと不安は小さくなってくる。

「……勇気、出してみます」

呟いた言葉は、戸部先生の目元のしわをさらに深くした。


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