揺れない瞳


「央雅くん……」

川原さんを牽制するように睨んでいる男性は、確かに央雅くんだ。
けれど、いつもは見せる事のない厳しい視線はまるで別人のように見えて、それ以上何も言えなくなってしまった。

川原さんは、突然の展開に驚いてはいるものの、何かを察したように口元を緩めた。
そして、私の耳元に口を寄せて

「不破さんと接点持ちたがってる男達には、諦めるように言っておくから」

「あ、あの……」

「こんな男前が相手じゃ、誰も敵わないよな」

くすくすと笑うと、意味ありげな視線を央雅くんに投げた。私の耳元から、そっと体を離す時にも、必要以上に甘い声で。

「今日は、付き合ってもらってありがとう。またね」

私に言ってる筈なのに、体は央雅くんに向いたままなのが気になる。

そのまま手を振って背を向けた川原さんは、何か不穏な雰囲気をこの場に残して帰って行った。気のせいだろうか、その背中は笑いをこらえて震えているようにも見えた。

「で、央雅くんが結ちゃんの恋人ってわけ?僕の事務所の若手弁護士を紹介しようかとも思ってたんだけどな」

川原さんを見送っていると、戸部先生の声が聞こえた。

「いえ、あの……その……」

面白がっているような声と表情は、私がその質問を肯定する事を期待しているとわかる。

戸部先生の息子の夏基さんの義弟である央雅くんとは何度も会った事があるだろうし、央雅くんを4人目の息子と言って可愛がっているとも聞いた事がある。
だから戸部先生が、央雅くんと私との関係に興味を持つのも無理はない。

でも、残念ながら、戸部先生の期待には応えられない。
私は央雅くんに好きだという感情を持っているけれど、きっと央雅くんには私と同じ想いはないはずだから。

「あの……戸部先生……」

苦しくて悲しい気持ちを抑えて、ちゃんと否定しようとした私を遮るように、央雅くんの声が重なった。

「結乃は、俺の恋人です」

< 213 / 402 >

この作品をシェア

pagetop