揺れない瞳
「え?央雅くん……?」

突然の央雅くんの言葉に驚いてしまった。
決して冗談で言っているようには見えない硬い表情は、初めて見る央雅くんの表情だ。

「結乃は俺の恋人です。たとえ将来有望な弁護士にだって、譲る気はありませんから」

「えっと、央雅くん……突然どうしたの……」

混乱して言葉がうまく出てこない。私の肩に置かれた央雅くんの手の温かさが、これは夢じゃないって教えてくれるけれど、こんな状況を夢にさえ見た事ないから。

「私……どうしよう……」

戸部先生と央雅くんの顔を交互に見遣りながら、慌てるばかり。
体中の熱が一気に顔に集まったみたいに熱くなる。
何をどう考えても、私が央雅くんの恋人だなんて、理解できない。

「……央雅くんは結ちゃんを誰にも譲らないって言ってるよ。さあ、どうする?結ちゃん」

くすくす笑う戸部先生は、体を私に寄せてゆっくり私の頭を撫でてくれた。
小さな頃から何度もそうしてくれたように、優しく気持ちを込めてくれるその手。
悩んだり苦しむ私を救い上げてくれたその手。

「あんなに小さかった女の子が、もう誰かの者になってしまうんだな。
……息子しかいない僕が、娘を持ったみたいにこんなに切ない気持ちを味わえるのは、結ちゃんのおかげだよ」

ふっと小さく息を吐いて、私を見つめてくれる戸部先生。
悲しそうな嬉しそうな、どんな感情もあてはまるぐらいに複雑な瞳を向けられた私は、じっと見つめ返すしかできない。

「……結ちゃんは、これ以上背負えないくらいの悲しみを乗り越えてきたんだ。
とことん甘えさせて、大切にしてやってくれ。泣かせるなよ」

脅迫にも似た重い口調で、戸部先生は央雅くんに告げた。
私に見せた事のない厳しい顔と、固く結ばれた口元は、その言葉が本気だと言っているように見えた。
私の事を思って、普段とは違う顔を見せる戸部先生の愛情が伝わってきて、私は涙を我慢する事が出来なかった。

「わかってます。。結乃は、俺が本気で大切にします」

央雅くんの言葉は、流れる涙をさらに誘って、私の顔はもう人に見せられるものじゃないくらいにくしゃくしゃになっていた。





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