揺れない瞳

「何……二人で勝手なことを言って……」

とうとう落ちてきた涙を手の甲で拭いながら、ようやく言えたのはほんの一言。
それも、しゃくりあげながらの言葉になんの説得力もない。

「いつから……私は央雅くんの恋人になったの……?」

央雅くんを睨みつけるように見上げると、肩に置かれていた央雅くんの手がそっと動いた。
離れていく温かさに寂しさを感じたのは一瞬で、その手は私の頬を撫でてくれた。

「いつからだろうな。少なくとも今はもう恋人だろ?」

「……」

答えになっていない答えに、どう反応していいのかわからない。
さっきまでの余裕のない不機嫌な様子とは違って、やけに強気な表情に変わっている央雅くんは、口元を上げてにやりと笑った。

「……結ちゃんのお父さん、更に寂しがるね。
自分の元に取り戻したくてたまらない結ちゃんに恋人がいるなんて知ったら、きっと言葉も失くすほどのショックを受けるよ」

からかうような声に、視線を移すと、戸部先生がコーヒーを飲み干しながら笑っていた。私を包み込む優しさと温かさの向こうに見える寂しさは、私の父の事を挙げながらも自分が寂しいっていう本音を隠しているように感じた。

……いつも、本当のお父さんよりも近くにいてくれた。

「お父さん……っていつも思ってました」

「ん?」

「きっと、私だけでなく、施設にいる子供達みんなが、戸部先生の事、お父さんのようだって思ってます。……もちろん、私も」

「……そうか。ん、そうだな。みんなかわいい僕の子供達だ」

私の言葉に納得するように、そして照れくささを隠すかのようににっこりと笑ってくれた。

『お父さん』

心の中で呼びながら、私の本当のお父さんは、一体どんな風に笑うんだろう。

今まで考えた事もなかった事を気にする自分がいた。

そして、本当のお父さんに会った時に、央雅くんを『恋人』として紹介できるのかなと、そう思った途端に再び涙が溢れそうになる。

……嬉しいって、幸せって。
心は跳ねて跳ねて。
初めての感情に包まれている私は、本当に、幸せだと。
涙しながらも笑顔になっていった。

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