揺れない瞳
央雅くんの鼓動を聞きながら、ほんの少しだけでも気持ちを落ち着かせたい。
本当は不安でたまらない心を鎮めるように目を閉じて央雅くんの体温に浸っていたい。
これまで、部屋で二人きりになった時ですら、自分からこんなふれあいを求めた事なんてないのに。
今はただ央雅くんの側にいたくてたまらない。
離れたくない。
明日父と会う事が不安で怖くてたまらない私を抱きしめていて欲しい。

「……好き」

央雅くんに聞こえないように、小さな呟きを央雅くんの胸に沈みこませて、ぐっと不安の涙をこらえた。
父に見放された過去や、一人で生きてきた時間を、思い出したくもないのに思い出してしまって。
ただひたすら央雅くんにすがってしまいそうになる。

「ごめん……ごめんね、大丈夫だから」

不安に負けちゃいけない。父と会うと自分で決めたから、泣いてる場合じゃないのに。央雅くんという特別な存在を知った私は一気に弱虫になってしまった。

「俺も、好きだよ。すごく好き。いつの間にか好きになって、もう離したくない」

気付けば、央雅くんに強く抱きしめられていて、その体から注がれる愛情を、いっぱいに受け止めていた。
首筋に落とされる央雅くんの吐息が私を励まし、背中に回された手が私に安らぎを与えてくれる。

私もそっと央雅くんの背中に腕を回すと、さらに強い力で抱き寄せられる。
こんなに近くにいて、気持ちも通じあって。
幸せでたまらない。もう二度と手放せない。

そっと身体を離されて央雅くんを見上げると、私を映すその瞳があった。

「もう、無理」

そう言うと、央雅くんの唇が落ちてきた。
唇を割った深い深いキスは、呼吸もままならないほどに激しくてついていくだけで必死。
何度も離れては、そのたびに貪られる唇は央雅くんだけのもので、必死で応える私に伝えてくれる愛情に、私はもう溶けそうだった。



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