揺れない瞳
そう告げた瞬間、顔を歪めて苦しそうに私を見つめる父さん。
申し訳ない思いと、それでもやっぱり無理としか思えない自分の本心が交差して切なくなる。

「私が高校生の時にそう言ってもらえていたら、もしかしたら一緒に暮らしていたかもしれません。施設での生活がつらいわけではなかったけれど、幸せを感じるだけの単純な生活じゃなかったから……」

囁くように、父さんに気持ちを告げる。
決して嫌な思いをしていたわけではないけれど、施設で過ごす毎日は満たされていなくて不安で。そして寂しかった。

「でも、今は将来の事を考えながら、ちゃんと幸せに暮らしているから、今のままで、いいんです……。
あ、いつまでも父さんの援助をあてにしてるわけじゃないんですけど」

「援助なんて、いつまでもしてやるし、させて欲しい。
俺は、結が俺や奈々子を求めている時に何もしなかった。親権が奈々子にある事や俺は結の本当の父親じゃないかもしれないっていう事を言い訳にして、結を引き取って育てる事から逃げたんだ」

身を乗り出して、大きな声でそう話す父の口元はぎゅっと結ばれている。
相当強い感情が父さんの中に溢れているように見える。

『逃げた』

その言葉に、びくっと反応してしまった。
父さんからも母さんからも私を引き取る意思は与えられなくて、子供の頃の私は、どこかで二人から『捨てられた』と感じていた。
今聞いた言葉は、その私の思いを肯定するもので、身体の奥が痛くなる。

「結の苦しかった時間を取り戻す事はできないけど、これからの結の時間を幸せにしていく手助けをさせてくれ。結の側で、結を感じながら、させて欲しい。……結が俺の娘じゃないかもしれないと、そう思ってしまった父さんに、償う機会を与えてくれないか?」

「償いなんて……」

どこまでも私に対する謝罪の気持ちを捨てきれずにいるらしい父さんは、私が頷くまで一歩も引かないとでもいうような強い意思を私に向けた。
その勢いに、思わず受け入れてしまいそうになるけれど、やっぱり無理で。

「ごめんなさい……」

そう呟くしかできなかった。

すると、父さんは寂しそうに笑って。

「央雅くんだったっけ……その左手の指輪をくれた彼」

え?どうして突然央雅くんの名前が出てくるんだろう。
父さんには央雅くんの事、何も話してないのに。
私は驚いて、そっと指輪を右手で隠してしまった。

「戸部先生の身内なんだって?戸部先生から『いい男だよ』って聞いた。
だからか?彼と一緒に暮らしたいから、父さんと暮らしてくれないのか?」


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