揺れない瞳
「は?」

「結が央雅くんと付き合っているって戸部先生は嬉しそうに言ってた。
『央雅くんと結婚ってことになれば、結ちゃんとは本当の身内になれるんだ、羨ましいだろ』ってわざわざ付け加えるし。……本当、時々むかつくんだよな。……結は俺の娘なのに」

不機嫌な声の父さんは、しばらくぶつぶつ呟き続けていて、私は驚きを隠せないまま、ただその様子を見ていた。

央雅くんと結婚って……そんな事まだまだありえないのに。
戸部先生、何を思ってそんな事をわざわざ父さんに言うんだろう。
確かに央雅くんとの事を知った時の戸部先生はかなり上機嫌だったけれど。

「まだ、認めない。結が結婚なんて早すぎる。
相手が誰であれ、学生だしだめだ。……あー、俺が言っても説得力ないか」

一人で呟いて、一人でため息をつく父の肩はがっくりと落ちていて、とても小さく見える。
見た目の育ちの良さと仕草に漂う落ち着きから、とても大人に見えていた父さんが、なんだかかわいく思える。

「高校生の時に結を授かった俺が何を言ってもなあ……いや、それでもまだ早いよな……央雅ってなんだよ、結を俺から取り上げるなよ……」

父さんが独り言のように呟く言葉は、私の耳にはっきりと届いていて、父さんの気持ちがダイレクトに感じられる。
自然と私の気持ちが温かくなってきて、身体もふわふわと浮いているみたい。
きっと、父さんの呟きを聞いて、私全てで喜んでるんだろうな。

今まで縁のなかった、親からの面倒な束縛や干渉。
必要以上に心配されるわずらわしさ。
全て経験した事がなかったから。
今、こうして父さんが私の事でぶつぶつ口うるさく言う事が新鮮で、たまらなく嬉しい。

そして、私も父さんがわずらわしく思うような事を言ってみたい。
そう思う自分を意地悪だなと思うけど、なんだか楽しくて仕方ない。

「あのね……央雅くんってね……」

私の事が原因で落ち着きをなくしている父さんに、央雅くんの事を話したくてたまらなくなった。

そして、父さんが央雅くんの話を聞いた途端、隠す事もなく顔をしかめる様子を見る事ができた時、目の前にいるこの人は、本当に私の父親なんだと実感できた。

「央雅くんは、父さんに会いたいって言ってたよ」

黙り込む父さんが見せた泣きそうな顔を、絶対に忘れないと思った。




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