揺れない瞳
結乃と出会ってから、これからの未来を彼女と共に過ごしていく以外考えられなくなった。
これまでも恋人という存在がなかったわけでもないし、恋人がいれば当たり前のように進む行為だってしていた。
恋人と肌を重ねる事の安堵感や喜びも、知っているつもりでいた。
高校、大学と、何人かの女の子と付き合いながら、当たり前のように恋愛の楽しみを享受し、そして別れも経験して。
それは世間一般での当たり前の事だと違和感なく受け入れてきた。

そして結乃と出会って。

これまでの自分の恋愛が、全て遠くに色あせて感じるくらいに結乃への気持ちが溢れた。
執着という言葉では片付けられないくらいの強い感情で自分を苦しめながら、結乃が欲しくてたまらなくなった。

それでも、結乃が見せるか細い雰囲気は、俺の中の執着心を隠さざるを得ない空気を作り、俺にも落ち着いて結乃を見守る時間を作ってくれた。

それが、功を奏したと思う。

両親。特に父親への複雑な感情を持て余しながら、自分の状況に悩んでいた結乃が、素直に父親へと向き合おうと決める過程には俺の存在があったと、そう言ってくれた。

『父さんを拒否しながら生活の面倒だけはみてもらっているなんて、こんな自分が嫌だから。ちゃんと、逃げずに話せる自分で央雅くんの隣にいたい』

俺と出会ってから今までの過程で、何が結乃の気持ちをほぐしたのかはわからない。本人にもわからないかもしれない。
それでも、俺と知り合ってからのどこかで、父親への気持ちを確認して会おうと決意したに違いない。

決して安易な気持ちで会えるとは思っていないようだけど、それでも結乃の表情にはふっきれた明るさも見えた。

『いつか。父さんに央雅くんの事をちゃんと紹介できたらいいな』

にっこり笑いながら、心細げに手を振って。
父親の待つ店へと向かった結乃の背中には、隠しきれない緊張感。

そして俺は。
再び結乃が俺の元へ帰ってくるまでの時間を、気が狂いそうになるほど長く感じていた。



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