揺れない瞳

その日、結乃から連絡があるまでの俺の状態は、人には見せられたものじゃなかった。

『俺も一緒に行こうか?』

父親と会いに行く事にかなりの緊張感を抱いていた結乃に、何度か言葉をかけたけれど、その度に小さく笑い、

『大丈夫だから』

大丈夫だとは決して思えない緊張した顔でそんな事を言われても、全く説得力も効果もない。

結乃が小さな頃から求めていたに違いない両親からの愛情は、彼女に与えられる事はなかった。
父親からの経済的な支援と、その事による微かな繋がりだけの親子関係しか築けなかったこれまでを思うと、結乃の不安が大きいのもわかる。
俺も一緒に行って、側で見守りたい。結乃は、そんな俺の気持ちを柔らかな笑顔で拒んだ。

『きっと、父さんは私を傷つける事は言わないよ。芽依さんだって、会ってみると意外にあっけないものだと思うって言ってくれたでしょ』

不安を隠すように作った笑顔には、俺と出会った時から少しずつ変化してきた結乃の心境が見えるようだった。

コンパで会った時に漂っていた結乃自身の儚さは、今も彼女の魅力の一つとして残っている。
何に対しても自信を持てずに、周囲からの視線や反応を気遣いながら、そっと生きている雰囲気。
結乃とは初対面にも関わらず、その弱々しい存在感があまりにも強烈で、俺の意識は全て結乃に持っていかれた。

結乃の事を深く知っていくにつれて、彼女が漂わせていた弱々しさや気遣いの原因も理解できるようになった。
幼い頃に両親から見捨てられた心の傷を抱えながらの人生は、どれほど切なくつらいものだっただろう。

大人になった結乃が、綺麗に笑ってみせる。
誰を恨むわけでもなく、自分の中で全てを消化しながらも、こうして美しい女になった結乃が俺の目の前で俺のものだと思える事に奇跡的なものも感じる。


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