Liberty〜天使の微笑み【完】

 ◇◆◇◆◇

 翌日、授業が終わるなり、オレは真っ先に実家へと向った。
 今日は母親も仕事場へ行っているようで、夜になるまで、一人居間で帰りを待っていた。
 そして母親が帰ると、まずは一緒に食事をして、終わりに差しかかったところで、話を切り出す。
 これは鈴木さんからのアドバイスで、言いにくいことは、食事の最中に言えば、割とすんなり言えるし、相手も聞いてくれると。
 鈴木さん曰く、何かおねだりしたい時には、結構有効な手らしい。



 「かあさん。――話が、あるんだけど」



 手を止める母親を見て、聞く姿勢になってくれていることを確認し、話を続けた。

 「アニキは、もう市ノ瀬と付き合ってないから。――今は、オレと付き合ってる」

 信じられないのか、一瞬、母親は目を見開く。

 「ホントは、オレを苦しめるために、市ノ瀬と付き合ってたらしい。ほら、高校の時のこと、覚えてない? オレが、気になる子が出来たって話してたの」

 「そ、それとこれと……どういう関係が?」

 「あの時の子、市ノ瀬だったんだ。それをアニキに話したら……オレの書いた手紙使って、市ノ瀬に近付いてた」

 次々に話されることに、母親は酷く驚き……同時に、酷く落胆していた。
 まるで、自分が罪を犯してしまったかのように、とても痛感しているようだった。

 「市ノ瀬は、その手紙を見て、アニキと話してみようって思ったらしい。ホントなら、オレが渡すはずだったそれで……アニキは、市ノ瀬に近付いてた」

 「そんなことまでして……純は、許せなかったのね」

 未だにオレを許せなったことを感じたのか、母親は頭を抱えた。
 まさか、今の今までそんな感情を抱いていたなんて、思いもよらなかったらしい。

 「それで、さ。オレは本気だから……付き合うこと、許してほしいんだ」

 途端、母親は苦虫を噛み殺したかのような、なんとも言いがたい表情を見せた。
 このことが、母親を苦しめることになるのは理解している。
 自分の子どもと付き合いだし、身内のようだったのが、今は被害者と加害者の弟。それが付き合うというのだから、母親が市ノ瀬に感じる罪悪感は、なかなか消えてはくれないと思う。



 「…………」



 「……かあさんは、どう思う?」



 未だ、一言も言葉を発しない母親。
 表情からは迷うが感じられ、嫌な沈黙が続く。



 「……あなたたちがいいなら、何も言わない」



 ぽつり呟くと、母親は食器を持ち、立ち上がる。



 「その代わり……紅葉ちゃんを、泣かせないようにするのよ」



 ふっとやわらかな表情を見せ、母親は台所へと行ってしまった。
 一人になってしまった居間で、オレは小さく、ありがとうの言葉を口にした。

 ◇◆◇◆◇

 次の日、オレは警察署に来ていた。
 理由はもちろん……アニキと、直接会うため。
 部屋へと通されると、そこはドラマでしか見たことがない、真ん中に透明の仕切りがされた場所。しばらく待っていると――奥の部屋から、アニキが顔を出した。
 途端、反射的に、オレは勢いよく立ち上がる。
 心の準備をしていたつもりだったが、目の前にアニキが……市ノ瀬を傷付けたヤツが目に入った途端、体が反応していた。

 「……座らないのか?」

 ゆっくりと座るアニキに言われ、はっとしたオレは、無言のまま席についた。

 「……市ノ瀬のこと、何か、聞いてる?」

 最初に発したのは、そんな言葉。それにアニキは、覇気のない様子で言葉を発する。

 「詳しくは、知らない。ただ……無事だってことは、聞いてる」

 最後の言葉を言うと、アニキは、どこかほっとしたような表情をしていて。

 「オレのところに戻らないのは、分かってる。――もう、手はださねぇーよ」

 意外な言葉に、オレは言葉を失った。
 てっきり、オレを恨んでいるんだから、責め立てるような言葉を浴びせると思っていたのに。



 これも……減刑のためとかじゃ。



 素直にアニキが大人しいことが気にかかり、頭には、そんな考えが過る。
 本心が読み取れないアニキに、オレは言葉をかけた。
< 68 / 86 >

この作品をシェア

pagetop