hb-ふたりで描いた笑顔-
振り返らない母親
街は家路を急ぐ人々に溢れていた。その人の波を避けながら、幸男たちは進んだ。幸男とあゆみの家はそれほど離れていない。ただ、線路を挟んで駅の北側と南側との位置関係になっている。だから一度駅に向かう必要があった。
「すごいね。」
小さな幸男に気がつかないサラリーマンもいた。そんなサラリーマンに何度もぶつかられながら、幸男は先を急いだ。
「本郷君、待って。」
あゆみの声は雑踏にかき消され、幸男の元に届かない。
「僕ぅ、待って。」
老婆の声は聞こえた。やや、しゃがれている声が、幸男にとっては特徴がある声だったからだ。
「何?」
幸男は立ち止まった。すると、幸男にサラリーマンが躓いた。
「うわ、なんだ。」
結構な太めの男だ。幸男にもかなりの衝撃が走った。いや、それだけでは済まずに、転ばされてしまった。
「いてええ。」
「大丈夫かい?」
男は幸男に話しかけた。
「うん、大丈夫。僕こそ、立ち止まってごめんなさい。」
「気にする事ないよ。おじさんこそ、ごめんな。」
「ありがとう、おじさん。」
幸男は笑った。すると、なぜだろうか、サラリーマンは躓いた事などどうでも良くなった。むしろ、この少年の笑顔を見れた事が、男にはうれしかった。そして、笑って言った。
「もう、ぶつからないように気をつけるんだよ。」
幸男に手を振り、男は帰って行った。
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