失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




その夜

僕は夢を見た



真っ暗な部屋に兄がいる

小さい頃の兄だ

となりにいるのは

…父だ

顔はよく見えないが

暗くても誰だかわかった

父は床に座っている

幼い兄はほほえんで

父に甘えている

…甘えて?



夢の中で僕は気づく

これは

甘えているんじゃない…と



良く見ると父は少しずつ

後ろへあとずさっている

父の顔を見たその時

僕はゾッとした

目を見開き口を開き

恐怖で顔を引きつらせ固まっていた

兄のほほえんだ顔と対比して

それは異常な光景だった

兄は後ずさる父に

笑いながら縋りついた

(うふふ…おとうさん…?)



声はしない

全部僕の頭の中に響いてきた



父は壁ぎわに追い詰められていた

すると兄は父の膝にのぼり

父の顔に舌を這わせ始めた


(たす…け…て…くれ…)


無音の声に僕は耳をふさいだ

地の底から響くような

父の恐ろしい声だった






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